昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

すこし、わたしのはなしをしよう。

わたしの、はなしをしよう。

ここに証拠を残しても、数々の史跡が今をすぐさま破壊し、意味を奪い、君を暗闇で覆わせるだろうし、ここで浪費するものの一切は、死を乗り越え、生を謳うだけの自堕落な旋回から、研鑽されずに、穢れるだけに至るような都会を散漫に徘徊するような日々の熱量を測るような作業的な夜が迫り、今に制御を加え、自らの身動きを封じる、まる

自らの永遠性


 寂寞に絡め取られる明日や、蓄積される苦悩を取り払うだけの前衛的な商法に導かれ、プロセスを損ない、陰る本質から、輝く礎を用い、短絡的な要素を取り込むようなコズミックな手法から、接続される先々で、足りないものを補足するだけの過激な毎日に惜別していくだけの影を背負い込み、宇宙に幌を貼り、汎用されるだけの原始的な理由に拘束されるだけの幼稚な主義を即座に飛び越え、怯えるだけの価値や、おぼえも無い日々を徘徊するだけの冷めた午後を歩き、通過する痛みに耐え、退廃的な余韻に潜む空疎な面影を枷に変えるだけの世界から用いられる呪詛に耳を塞ぎ、夜に浸透するジェラシーや、因果応報が突きぬけ、万世に即座に繁栄する言葉が、今に欺瞞を持ちこみ、些細な倒錯から、等差は生み出され、意味に磔にされた神は、問い質すほどに、答えを鵜呑みにし、何かに騙されるだけに至り、徒に消費する本質から改善されない痛みを連動させながら、思春期から穢れていく身体を解き放つ魔法を用い、何かに下される戸惑いや、隠逸していく瞬間に段々と犯され、怠慢な思いを基礎に、不規則な思いが、何かを諦める事だけに還元される思いが、加減を用い、過激な理由を補足しながら、法則的な疑問から、犠牲心を謳い、持ち上げられる意味に倒錯しては、対立し続ける先で待ち受ける悲しみばかりに耽るのが、老いるという事なのか、と、答えは綺麗なままではあらず、所詮、何かを用い、自らの重みに耐えかねずにふさぎ込むだけに至るような毎日との離別を経験し、形成されるものなどは、今に体制を用い、理由にこき使われるわけであるし、独善的なものを率い、何かを変化させ、軽薄なものに映じていく事だけを、影響などと促すほどに、位置づけられる意味などに、緻密なものも無ければ、今に与えられるものは、苦しみを培養し、あらゆる論理に否定的である事だけが、反する事だ、と勘違いを起こし、感覚に麻痺を与え、何かに支配される事が、唯一のしあわせであるのだ、と妥当な位置から引き出す意味とは、君に欺瞞を授け、何かを騙す事だけに修練していくわけであるし、些細な動機が生み出す定期的な論理は、今を破壊するか、拘束し、やがて、発散されない痛みを抱え、完全性を求めるだけの惰性な位置から、卑近なものへと陥るだけの陰りから、貧寒なものを引き出し、何かを誤りに導く事だけが、正解へと至る事である、と告げる。計算的な軽薄さを収斂させ、苦みを帯びた終末を舞い込ませ、今に背負い込む義務から、犠牲的な精神に背反する意識的な汚穢を溜め込むだけの隊列から離れ、配属するだけの理由とは、今を抱合し、相対する愛へと平衡すべく、統合を促し、理由を即座に快感へと導くほどに、法則的な関わりから離れられぬ意思は、今に背反できずに、永続的な苦しみに勤続していく。浮遊する意思は、表現を喪失し、今に備わる痛みを倍増させ、原生に備わる確かなしあわせなどは、自由を基礎にした、無機質なものであるし、やがて、互いをとがめるだけの価値を謳うだけの理想とは、対立を加速させ、関係をこじらせるだけに至るし、体系を用い、携帯する理由で判断するだけの価値からの脱兎を行えずに、退廃的なモジュールを作り出し、生産的な毒性から、生命的な根源を焦がす要理から、理性に拘束され、利息を支払うだけの疑問から抜け出せずに、収奪するだけの意識的な国家から、恒星から受け取った源から、導かれる宇宙への経路から、回路を壊すガンマ光線との倒錯から、投影される理由に用いられる等差から、血を賭けた争いから、あいまいなマインドに迫る洗脳的な敵愾心が生み出す主義が専横する先々で、闘争を生み出し、鬱積する物事から、滞積する理由へと至るだけの形状から汲み取り、ゆがんだ価値に後続していく意識的な域に吐き出される猜疑心から、国賊と謳われるだけの境界線から、混濁する意識は、明晰な判断を失い、狙うべき的を作り、誰かを責める事で、自らの苦しみを昇華させるだけの良俗なものなどは、退廃すべきであるし、互いをとがめる理想を用い、誰かを批判的にとがめるだけの基礎から、帰巣すべき意味などは無くなり、そこに無知な者が引きつけるだけの幼稚な撹乱から、攪拌される背景は、何かを恨み、羨む事でしか、死を超えられずに、答えは、引き連れる意味に悲観し、虐げられるほどに、従える意味は、緻密な意味を損ない、そこかしこに慟哭を用い、統制されるだけの意味に屈辱を重ね、熟知しているように思える事も、答えを用いるほどに、そこで魯鈍なものを重ね、抱える意味が枷になり、世界を狭めるだけに至り、いたわる事も知らずに、答えに籠もり、ここに居場所など無く、ただ、抱える意味が用いる場所で等差を用い、倒錯していくだけに至るような世界などは、世界に収まるだけの世界であるし、そこに現れる事すべてが、物事を織り成すように見えるようで、ほとんどは、自分が作り上げる事だけが、世界を、世界として認識し、そこに現れるものだけがすべてでは無く、そこで合致するものも、知り得ぬものに巻き込まれ、今に吐き出される瞬間との惜別を迎え、光年を旅し、互いを理解するまでに至るようなプロセスこそが、理解に近付くために、理解をも超越し、今に与えられる不安すら超克し、ここに現れるすべてに抗う事により、反撥し合っても、そこで愛した形跡だけが、唯一の奇跡であるし、ここに現れるものだけが、君を形成する意味であるし、そこで苦しんだとしても、そこに現れるすべてが、君の苦しみ共に、進むであろうが、あるまいが、今に現れるものが、今を形成する以前に、自分が思うことを超えるような自己からの離別を加え、くたばるだけであっても、この身体がバラバラになろうが、精神的な終わりや、汚穢を溜め込んだ午前から吐き出すようなため息も、創造的に昇華されるべく、そこかしこに美麗な衝動を与え、そこに現れる焦土も、いつしか花咲く時を待つようなときめきと共にきらめく余韻に誘致し、君が生きてる事だけが、すべてであるし、その先が短かかろうが、長かろうが、その先に待ち受けるものが、何であろうが、生きてる事に価値すら無く、用いられる善悪で加工される訳にもいかずに、ここに現るものとの対立を深め、互いをとがめたとしても、今を超える事だけに変わりは無い。

すこし、わたしのはなしをしよう。

わたしの、はなしをしよう。

ロディックな高揚感から、多幸感へと至るような創造性だけが、精巧な意味を織り成し、ここで形成されるものすら瞬時に嘘に変わるような過去に囲われるだけの法理が理解を謳い、今に欺瞞を生み出し、権力で加工するだけのギミックから風邪気味の君の呼吸の音に応答し、そこで統合されるものだけが真実の一切を濁すだけに至るような等差などを破壊すべく、自らの創造性だけが、世界を世界として、はじめて認識する、まる

自らの永遠性


 寂寞に絡め取られる明日や、蓄積される苦悩を取り払うだけの前衛的な商法に導かれ、プロセスを損ない、陰る本質から、輝く礎を用い、短絡的な要素を取り込むようなコズミックな手法から、接続される先々で、足りないものを補足するだけの過激な毎日に惜別していくだけの影を背負い込み、宇宙に幌を貼り、汎用されるだけの原始的な理由に拘束されるだけの幼稚な主義を即座に飛び越え、怯えるだけの価値や、おぼえも無い日々を徘徊するだけの冷めた午後を歩き、通過する痛みに耐え、退廃的な余韻に潜む空疎な面影を枷に変えるだけの世界から用いられる呪詛に耳を塞ぎ、夜に浸透するジェラシーや、因果応報が突きぬけ、万世に即座に繁栄する言葉が、今に欺瞞を持ちこみ、些細な倒錯から、等差は生み出され、意味に磔にされた神は、問い質すほどに、答えを鵜呑みにし、何かに騙されるだけに至り、徒に消費する本質から改善されない痛みを連動させながら、思春期から穢れていく身体を解き放つ魔法を用い、何かに下される戸惑いや、隠逸していく瞬間に段々と犯され、怠慢な思いを基礎に、不規則な思いが、何かを諦める事だけに還元される思いが、加減を用い、過激な理由を補足しながら、法則的な疑問から、犠牲心を謳い、持ち上げられる意味に倒錯しては、対立し続ける先で待ち受ける悲しみばかりに耽るのが、老いるという事なのか、と、答えは綺麗なままではあらず、所詮、何かを用い、自らの重みに耐えかねずにふさぎ込むだけに至るような毎日との離別を経験し、形成されるものなどは、今に体制を用い、理由にこき使われるわけであるし、独善的なものを率い、何かを変化させ、軽薄なものに映じていく事だけを、影響などと促すほどに、位置づけられる意味などに、緻密なものも無ければ、今に与えられるものは、苦しみを培養し、あらゆる論理に否定的である事だけが、反する事だ、と勘違いを起こし、感覚に麻痺を与え、何かに支配される事が、唯一のしあわせであるのだ、と妥当な位置から引き出す意味とは、君に欺瞞を授け、何かを騙す事だけに修練していくわけであるし、些細な動機が生み出す定期的な論理は、今を破壊するか、拘束し、やがて、発散されない痛みを抱え、完全性を求めるだけの惰性な位置から、卑近なものへと陥るだけの陰りから、貧寒なものを引き出し、何かを誤りに導く事だけが、正解へと至る事である、と告げる。計算的な軽薄さを収斂させ、苦みを帯びた終末を舞い込ませ、今に背負い込む義務から、犠牲的な精神に背反する意識的な汚穢を溜め込むだけの隊列から離れ、配属するだけの理由とは、今を抱合し、相対する愛へと平衡すべく、統合を促し、理由を即座に快感へと導くほどに、法則的な関わりから離れられぬ意思は、今に背反できずに、永続的な苦しみに勤続していく。浮遊する意思は、表現を喪失し、今に備わる痛みを倍増させ、原生に備わる確かなしあわせなどは、自由を基礎にした、無機質なものであるし、やがて、互いをとがめるだけの価値を謳うだけの理想とは、対立を加速させ、関係をこじらせるだけに至るし、体系を用い、携帯する理由で判断するだけの価値からの脱兎を行えずに、退廃的なモジュールを作り出し、生産的な毒性から、生命的な根源を焦がす要理から、理性に拘束され、利息を支払うだけの疑問から抜け出せずに、収奪するだけの意識的な国家から、恒星から受け取った源から、導かれる宇宙への経路から、回路を壊すガンマ光線との倒錯から、投影される理由に用いられる等差から、血を賭けた争いから、あいまいなマインドに迫る洗脳的な敵愾心が生み出す主義が専横する先々で、闘争を生み出し、鬱積する物事から、滞積する理由へと至るだけの形状から汲み取り、ゆがんだ価値に後続していく意識的な域に吐き出される猜疑心から、国賊と謳われるだけの境界線から、混濁する意識は、明晰な判断を失い、狙うべき的を作り、誰かを責める事で、自らの苦しみを昇華させるだけの良俗なものなどは、退廃すべきであるし、互いをとがめる理想を用い、誰かを批判的にとがめるだけの基礎から、帰巣すべき意味などは無くなり、そこに無知な者が引きつけるだけの幼稚な撹乱から、攪拌される背景は、何かを恨み、羨む事でしか、死を超えられずに、答えは、引き連れる意味に悲観し、虐げられるほどに、従える意味は、緻密な意味を損ない、そこかしこに慟哭を用い、統制されるだけの意味に屈辱を重ね、熟知しているように思える事も、答えを用いるほどに、そこで魯鈍なものを重ね、抱える意味が枷になり、世界を狭めるだけに至り、いたわる事も知らずに、答えに籠もり、ここに居場所など無く、ただ、抱える意味が用いる場所で等差を用い、倒錯していくだけに至るような世界などは、世界に収まるだけの世界であるし、そこに現れる事すべてが、物事を織り成すように見えるようで、ほとんどは、自分が作り上げる事だけが、世界を、世界として認識し、そこに現れるものだけがすべてでは無く、そこで合致するものも、知り得ぬものに巻き込まれ、今に吐き出される瞬間との惜別を迎え、光年を旅し、互いを理解するまでに至るようなプロセスこそが、理解に近付くために、理解をも超越し、今に与えられる不安すら超克し、ここに現れるすべてに抗う事により、反撥し合っても、そこで愛した形跡だけが、唯一の奇跡であるし、ここに現れるものだけが、君を形成する意味であるし、そこで苦しんだとしても、そこに現れるすべてが、君の苦しみ共に、進むであろうが、あるまいが、今に現れるものが、今を形成する以前に、自分が思うことを超えるような自己からの離別を加え、くたばるだけであっても、この身体がバラバラになろうが、精神的な終わりや、汚穢を溜め込んだ午前から吐き出すようなため息も、創造的に昇華されるべく、そこかしこに美麗な衝動を与え、そこに現れる焦土も、いつしか花咲く時を待つようなときめきと共にきらめく余韻に誘致し、君が生きてる事だけが、すべてであるし、その先が短かかろうが、長かろうが、その先に待ち受けるものが、何であろうが、生きてる事に価値すら無く、用いられる善悪で加工される訳にもいかずに、ここに現るものとの対立を深め、互いをとがめたとしても、今を超える事だけに変わりは無い。

孤高


 交わる言葉の隙間に満ちる恋の予感から、切ない思いの接続から、流動するふんいきに行き交う思いがハミングし、一体感や、立体化する先々に敷衍するものが、エモーションに入り交じり、舞台に入り込む懶惰な思いがはびこる意味へと誘導し、短絡的な動機に配備される間に反比例し、介する間に愛を抽出しながら、中庸を保つほどに、魯鈍な価値は、カタストロフを昇華させ、あらゆる日々に狭められるだけの普遍性へと徒に消費されるだけの影を引き出しながら、従事する先に端的な意味を引き出し、引き取る間に勇敢に挑むだけの形から、カタトニ−を生み出し、愚鈍なものに成り代わるだけに終末にファイナライズされ、穢れるだけの価値から、有形なものに悲観的なものを促し、関係に制度を結びながら、幽遠に浸る原理から、理想を供給するだけに疲憊する精神は、カタルシスを促し、負担を回避するほどに、気後れし、記憶に浪費されるだけの観点から、開示される苦悩を共通項として、同じ痛みを堪能するほどに、矜恃を保ち、用いる悲劇から、風を巻き込み、混濁する意識は、終焉に巻き込まれ、混同する意識は、色彩を損ない、そこかしこに強襲しながら、長らくに備わる思いが、収容される論理から、倫理観を構築するだけの現代的なものが覆い被さり、今に復讐をもたらし、用いる善意により、苦しみをもたらし、今に復元される苦しみを複製し続ける事にしつけられる精神は、制限も持たずに、何かを裏切り、恨む事だけに拘泥する。詐欺的に分裂する無情な街並みからほとばしる冤罪の空気感や、欲望の貪婪さにちぐはぐな正義が、傲慢なものを生み出し、満足をひけらかすだけの快楽を受注するだけの社会が製造する不安定な立像を信じるほどに、真実とはごまかされるだけに至り、用いられる普遍性などは、不潔である事にも気付かずに、自らのずさんさに傷口が深まるばかりで、止まらぬ血を傍観するだけの日常のエゴイズムから、征服欲を引き出し、荒んでいく精神は、初心なものを崩壊させ、言葉ののりしろにこぼす接着させるだけの苦悩から、コギトを破壊し、自我を追い込む先にあふれる無意識下からあふれるエナジーや、思惟に居座る影が促す論調に引き伸ばされる精神は、あいまいな今に邁進しながら、体感すべき愛などを求め、追われるほどに、逃げたい一心で、引火する日常が燃えさかるのを傍観するような離人症的な日々からの離別を求めるだけの絶望に高潮していくだけの精神は、憂鬱に支配されるほどに、不安を捏造し、今をごまかし、際限無い苦しみを運び出す機械として、日々を生産していくだけに至るようなプロセスからの解放を目指すべく、自由からの脱兎を告げる。用いられる理由などに引き取られるだけの価値が生み出す余暇などに自由などは存在せず、そこに、自由を思うほどに、鬱屈していくのが、精神的な不安定さを保つだけの均衡にもたらされる不安を生み出すだけのコマーシャリズムが、理想を貫かずに、ただ、促されるままに、同じようなものを、同じように愛し、同じようなものを買い、不必要になれば、捨てるか、売りさばくかすれば良い、と言うオプティミズムに適応しない者は、資本主義社会の脱落者として、汚名を授けられ、預かる名前を引き出すほどに、引き立つ意味は、君を卑近なものに変え、卑屈な者に牛耳られ、悲観するほどに、魯鈍なものに成り代わり、落ち込むだけに至るような精神に、正否を促し、問題に軋轢を加え、今に諦観すべきなどと促すような理想から生まれるプロセスからはみ出さぬように、生きる事だけが、正解であり、この世界の行いを正す者などだ、と促すような正解などは、世界を、自分の内部にとどめ、自我の深みを知らずに、切り取る今を利己的に殺める事が、愛する事であるのだ、と答えを誤るやましさや、病んだ魂は、虐げられ、従えられるほどに、内ゲバの恐怖に震え、誰もが猜疑心に苛まれ、記憶を愚かなものに変え、老化するだけに至るような軽薄な精神から、正否を踏み台にし、意味に軋轢を加えるだけの亀裂から、改造されるだけの精神は、記憶を継ぎ接ぎにされ、償いのために、自らの精神の中で自己を磔にし、罰を与えるだけの快楽が用いる報酬のためだけに動くのが、脳内での働きであっても、ここで、ちぐはぐな意味を治外法権的に吐き出す破壊的な条理から、陸地を奪うだけの国家たる偽装から、犠牲心を植え付けられるだけの消去法的な宗教的な抹殺から、制圧されるだけの自己は、利己的な自己にデコレーションされ、フラストレーションを溜め込み、緊密な自己との強力な鬱屈から、圧壊する精神は、バラバラになり、元には戻らずに、アナーキーな状態で、呪詛を促す精神は、誰の言葉も借りずに、自分の言葉すら持たずに、何かに成り代わる事でも無く、何かであろうとする事すら無かった事のように示される間に閉め出される自己を崩壊させる自分を傍観するだけに至らせるような展開から、転換する恐怖にもたらされる絶望の擁護され続ける間に生まれる差異から、搬送されるだけの意味への反撥を続け、今に拗れる自己は、権限を謳うだけの動機を失った道化としてしか生きる事を肯定できずに、今にいびつに処理されるだけの無法地帯と化した自己を傍観する事だけに精一杯になり、今に諦める事だけを続け、答えに屈折し、自己を消費し続けるだけのマネキンと化す。

すこし、わたしのはなしをしよう。

わたしの、はなしをしよう。

機械的な保証を促す兵士たちの憂鬱、ここに用いられる罪の意識のためだけに働くような日々です、と悲しむだけの捕囚が促す歌声が美麗だからこそ、ここで悲嘆に暮れるよりも、より獰猛に、この位置的なものが生み出す支配の経路から逸脱し、ここで枯渇しないようにリリカルに成長を遂げることだけが、この世界にとどまらずに、時間から飛びたち、何の計算式も持たず、無い事も無いと強調し、有るものなどは、今に有ると謳われているだけにすぎない、と宣言する、まる