時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

昇華する私

瞬間も瞬間でほどける。我々は、無秩序な断層の中でコレクションする彼方に因子を撒き散らし、瞬く間に消費されるエレジーに神秘を見つけ、気だるいモーションに染み入る伝統や神話をまさぐり、陰惨な形に帰還し、かさばるままに高鳴る鼓動と混じり合い、真理をドクドク唸らせる。泰然的な一生がスクロールする。やがて真実は、他人に振り回され、文字に騙されてるだけに統合される正常とは、厭うだけの意味を今に生み、果敢に挑む事を忘れ、意識は膠着し、生み出される苦悩に屈従する。従者は、純粋な痛みに抵抗せず、ただ痛みのままに猥雑な意志を演じる。信仰とは、純粋に信じる事に尽きる。そこに、罪や業を与え、善悪を打ち出し、批難し、否定し始めるかぎりに、権威は生まれ、力が氾濫し、純然たる意識を失い、用いられる説教により、自らを見失う。信仰とは、偏り隔て、判断を失わせる事により、感覚や意志を麻痺させ、あたかも正しい事のように、信じさせずに、騙す事に、置かれる。静寂な怒りで、物事を正す目を作り、確かなものだけを聞く耳を持つ。もつれる精神から飛躍し、新たな理由だけを、流動させ、触れるべき手は、暴力に陥らぬように、てな静謐に触れ、寂寥たる所以に自らを引き延ばす。あらゆる原因は、ただ静かに生まれるの、だ。理想や思想は、地層を持たぬ限り、場違いな代物に変わり、偏る意志は、間違った思想を生む。用いるべき意志は、潔い生き生きとした意志を用い、形や価値を遮り、確かな目で自らを見直す事から、理想は希望に変わり、短絡的に希望や自由や夢を言い放ち、騙すだけに至るより、自ら飛び越えるただの意志で、あれ。ただ遮る者も無くなるまでに、綴り続けるの、だ。安らぎ虚ろな精神をたすき掛けする。完全性を求めるだけの動機が孤立しては、混同する意識に愛した軌跡や、統合されるだけの意識を謳う精神性などが、短絡的な聖地を偽装し、昏倒する意識から代用されるだけの権利が錯綜し、曖昧な後に備わる冷酷な支配の気配から、緊縛される彼方で理想を連ねるだけになでる意識から、混淆していく過程を改訂し、寝起きの身体を引きずり、時間的に乖離しては、加工される品位を喪失し、専制的な理屈を連ねるだけの加工的な宦官どもが促す規律から、暗澹とした時代が仮想していく品位が主体を失い、相互する意識は指針を失い、ただ骸と化しさまようだけに辺りは暴徒と化した権利が嫌疑を掲げ、無残な革命に傾倒していく辺りから修復されるべきベクトルも、投与される贋物の薬で麻痺した脳内で描くシナリオも、真偽を失い、デザインすべき未来も、建設的な妄想に逃走しては、寄り添う事実の層状に放つ原理的な主義から、収容される思いを燃やし尽くすまでの怒りが放つ理由からいくつもの意識に交互する凄然とした痛みのノイズがはびこり、邂逅していく動機ももたらされる痛みに麻痺しては、最たる意味に浪費されるだけに牢記していく思いから、行為は浸透するだけに真理を裂き、克明な理由を錯綜させては、再送する動機から克己していく高貴な精神に戦争たる理屈が迫り、清掃すべきだ、と社会的軋轢から、空腹を癒やし、復元するだけの現在に投棄されるだけの廃棄物たる余韻からリアリティーは消費され、心象を砕くほどの痛みから毎日に慟哭を繰り返すだけの君をすくい上げるべきは、君自身にあり、君をすくうべきは、君に至るまでの君自身の強さにあるのだ、と安心感を誘うだけの簡単な言葉に惑わされるよりも、どう猛に一途に、淫蕩に耽るだけの毎日をねつ造するよりも、確かなものは、確かな自らに宿り、たしなむほどに放蕩し続けるほどに管理的な動機を超克し、長じる由縁は、心因を飛び越え、調律する先々に確かな音はなびき、はびこる意識からバビロンから離れる精神は、聖人などを目指さずに、確かな意志の賢人にもならずに、ならず者のままで哲学のコックピットに乗り込み、哲学たる機械に振り回されるように、精神の穴蔵で数光年の軌跡を重ねた間から曖昧な道筋は、聳立するままに高々と我を上に登らせ、風に振られるままにたたきつけられ、堅持する意志だけが革命的な原因をつかみ、ただ促すべきに善悪も前後左右も無く、最たる意味をつかむべきに、この命は咲き誇り、この情緒に芸術的な何かが咲き誇り、何も求めずに描き続ける先々に乖離していく理解すら不必要で、散々ながらも、求めぬ先に需要も自由も無ければ、供給されるだけに昇華される創造だけが、この位置を打ち砕き、追憶に馳せるだけに破壊的な動機に照応していく関係から、逍遙し続けるだけの己が意味も求めずに止めどなく続ける先々に深奥になびき高ぶる意識は、意志だけを用い、何を行うか以前に無意識の彼方で荷担すべき意味も無く、ただひたすらコード化された現状を引き裂き、自らの意志だけで執り行う事にこそ、真理など要らず、ただひたすら続ける事だけに専念していく。