時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

現実などを用いぬ逃避行

何も無くとも移行していく精神はふさぎ込まずに、凍えること無く、何事にも触れては、安易に超克する意味に転移するだけの堕落した観念から抜け出し、憤懣をこぼすだけに当たり散らすだけの偶像から固結していくシンドロームも奪われる欠如に入り浸るだけに現実に交換される意味も運命に緩和せず、察知する動機も、済世しようともくろむほどに、正義は精神性を謳うだけに、浪費される観念から行為を引きずり、最たる意味を失い、自らの喪失感に淘汰されるだけにいたずらな関係に至るべき秩序を求めるだけの最たる威厳も淫靡な欠乏に繰り広げられる差異に混沌とし、専制君主が促す独裁的な主観から放たれる浪費的な観念から、還元されるだけの形に引き戻され、懈怠するだけに論理は証拠を求め、懇意を用い、逃避するだけの状態に情念を重ね、居心地の悪さに終焉を巻き込んでは、混濁する意識に素数や、隠語やパラノイアや、運命的な交互から喪失していく観念に遺伝子的な悪巧みを粒子的に押し込み、昏倒する意識に修羅を用い、攻撃的なインクで汚す結末から迫る欠乏症にアニミズムが促す神と自己との対立から、収斂していく殺風景なレジスタンスの街から、強要されるだけに入り浸る本質も刹那に節度を求め、陥る先の闇夜で分裂症的な文学を探し、倦怠感と横溢する真実も蘇生されるだけのコントラストから聖戦を求める激情と逃避行に出かけるデカダンの野良猫たちの甘ったるい鳴き声や、交互する意識と姦通したキッズたちのトラウマや、現行に果てる存在論的パスワードがカスタムされ、惜別する観念から逍遙する現時点に対比するだけの穴という穴に突き刺さる神のファルスや、忿怒や激動の住む破壊的なガイアの世直しから、権限を用い、義務的な競争に果てるだけの時代から、収容される気質から、魂胆はかき乱されるだけに避けるものだ、と精神科医的な逃走論から、論争は義務的な要素を競合させては、転移する悪意に根源を移し替えるだけに願える意味から願うだけにほとばしる前衛的な虚偽を孕むだけに配備される愛憎から利便性を用い、根拠も無く吸い取る意思から洗脳されていく街並みのバミューダトライアングルから、精霊たちは、疑心暗鬼に陥り、問いかけるミューズにも、透徹すべき自己から過去を用い、ここを利用するだけに至る境目に欲望を用いるだけに知も無く、欲動する限りに陰る本質に移行していくだけの本質などは、真実を用い、占領するだけに至るのだ、とセンテンスは星屑を集め、超現実的に乖離していく理性から、放たれる意識は衰亡せずに、垂涎するだけの獣からカタルシスを奪う闘争へと移行する戦士たちとの対立なのだ、と対比するだけの女性は情勢そのものを背負うだけの理論性を持たぬ怪物であるし、万端突き抜けるべき希望も、スピード感が無いから、感応せずに、欺瞞に陥り、関係に締結していく今から痛みを引きずり、端的で利己的な自己に支配されることへの反抗的な大人たちの愚鈍さの闘争へと出かけるジレンマを抱える大人自体を扇動する子供たちは、正体を隠し、いくつものペルソナを操り最後のカードは切らずに、最低限の至福を扇動することにより、よりよい社会などは破壊的な情事を用い、常識を買いかぶり、解体される深夜に視野を狭め、危ぶむだけに道筋はヒステリックに変わり、離人的に見つめる先々に最たる意味も燃やし尽くされ、つくづくに配される愛も、感情を喪失し、荘厳な意識に欠乏していく理性も理論上の敗退を告げる限りに追考していく限りに観点は疎外されるのだ、と左翼的な偽装から、中道を行くべきだ、と偏るカタルシスは戦争的に移行し、神を用い、理想を供給するだけの右翼的な暴力性に支配され、テロリズムに陥るだけの理想とは、革命を利用するだけの権力でしか無いのだ、としがらみはこの永遠に処置されるだけの人間から抜け出せないから今に取り憑くだけに至り、すがるだけに神は君を用い、神の中で君を支配し、人間たる型にはめられ大量生産されるだけに剪定される頭は数多の現実をゾディアックに掲げ、星との対話から和解していく現実に検証される出来事を認識するだけの懐疑的な論争から終末論者を打ち倒すようなバビロンから乖離し、復元されない先々にサインインし、洗礼される過去から競争を終わらせるための淡泊な愛から理想は驕傲な態度で退行し、多幸感を用い、死生観を奪うだけに運動的な理想は襤褸な物陰で魂胆をうごめかし、おめかしする理想も鏡像段階から破壊的な浪費を繰り返すだけの怪物を自らの中で飼い慣らし、穴蔵で内面的な憎悪を蓄えるだけに遠因に欠ける動機は痕跡も残さず、ただ毛嫌いするほどに寸前で長ける瞬間に引き延ばされていく、この自己とは存在を定理や定義にせず、ただ蝉蛻していく先々に転移して行き、召します神よ、とうなだれる以前に驚異的な成長を遂げる先々に、この私とは君とも違うし、況してや君などは私に最も近く無いからこそ、君ということを思う以前に君をフレッシュに思うのであるし、君が君を認識し、認可したとしても、君を確かに見られるのは、他者にしか無く君では無いのであるし、私でも無いのだ、と。