時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

早熟

資本主義は終わり、一点に力を集中させた帝国主義が跋扈し、詐欺的で凶悪な顔した冷徹さが迫り、集約された力を使用し、あらゆる愚行に長じ、悪は善を覆い、行われる善が悪に買い取られる生産から、制定される人民は、みずからの欠乏にうながすべき愛を忘れ、価値は失われ、紙幣や硬貨は価値を失い、短絡的な義務が隈なく下す痛みだけが、生きる範囲を奪い、同調圧力に屈するだけに至る。力とは、使い方によるよりも暴走するだけに終わるも始まるも無く、ただ破壊し尽くすだけに動機と道理を移す。対立する力は互いを死に追いやり、ただ緩衝すべき初心な愛に対象を持たず、ただ力の限りの暴虐を尽くし、艶然に果てる動機は力に引き合わせるだけの陥落する感覚から、粗暴な理論を潜ませるだけに浸透する理由などは、短絡的な概念を消費させるだけの動機にドラマチックなエゴを備えては、散々な道理に縫い付ける感情から、束縛される果てに悠然と立ち向かうべく、共通項を打ち砕き、単一な動機から唯一の言動を引き出す限りに人間自体の強みがあふれ、曖昧に集積される論理から肥大していく要因に苛烈な道理を巡るだけの時間から離れ、迂愚な者であるべく夢中であるべく、無重力さに備わる理由に相続していく観念から、即座に果てる今にも、贋物の過去や、相似していくここまでの虚偽を逆撫でしては、輪唱する力は、発揮される限りに粉砕する現在に拘留され、沛然される時折に集約される過去から宇宙を肥大化させていくファシズムから、排卵され続ける算出される愛から、排斥される愛から関連していくだけの道理にメロディーを促しては、解読される不確かな愛から過剰摂取し、過剰反応していく被害妄想的出力から、アナログな感性の揺籃で眠り、慟哭のエゴから排出される詐欺的な人種的圧力から、民族的統治から加配される神から出生を無気力にするような擁立から、背景は修繕されるだけの統合性を求め、創造性を奪うための戦争へと内心を廃絶させるだけに苦悩を説き伏せるほどの希望を用いずに、専横するだけの思想や主義に拘泥するような協調性にニュアンスを捧げ、散々な現状に課せる理由から、破壊的な要理に加算されるだけの数字に経済的なプログラミングから、活性化していく暴力性は、権力を殴打すべき思想を用いず、ただフラクタルな暴力に至らせるだけの性愛に加算される憎悪だけを集める契合から、感染していく怒りに発生するニヒリズムとペシミズムを吸い込み、一過性のルサンチマンを生み出すだけに萎靡沈滞するだけの悪路を突き進む状態から、存在は放蕩し、引責される状態に失踪していくだけの意味に囲われ、垂涎するだけの飢渇から、配されるリビドーから暗鬱な衝撃をため込み、均一な動機を失い、昏倒していく意識から革命を抜き取るまでに切り取る世界から、権力は相互するだけの理由にいびつに関わり、淫蕩な施設でこもるだけの凝滞から怒りをため込み、一切に解き放ち、一斉に撃ちこむ怒りから、破壊に追いやり、派生していく破戒者から、罪は一切の実情を孕まず、精神自体に織り込まれる意味にすり込まれるだけの欲望だけに従属し、混血していく民族から蒼然とした様子を色彩に加え、暗い絵画のほとりから、現前を潜ませ、淵源に基礎を移すだけの概念的距離感に過疎化していくだけの理由を長じては、超越すべき状態の孤立を傍観する離人的他者たる感覚で敢行する意識との距離感が離間を生み、延々と離別しては、悲しみに暮れるだけの傀儡を生み出すだけのこころのもろさと、安易に膠着するだけのこころから明かされる状態すら、孤立した自己をサディスティックに変えるだけの幼少期から思春期の経路へと移すだけの防衛本能的なサディズムから、移送される内心の怖さを隠すためのマゾヒズムへと内乱を生み出す永遠に固執しては、集約される思いに流動していく混沌から即座に排斥されるだけの過去からここまでの孤独との対話を終え、永遠とは、その場での孤独な対話なのです、とうそぶくこころから浪費され続けるつたなさに機械化していく精神は構造的敗者に成り代わり、時代性を生薬に変え、苦しみ痛むこころを潤わせ、還元されるだけの愛を価値と呼ぶ資本主義に終わりを告げ、名称をねじ曲げ、確かなほほえみを下すだけに対比される理由を消費し続けては、抵抗していくだけの動機に印象を授ける激情は、同じ位置に感情を備え、ただその場でため込まれる意味を吸い込みながら、慢性的な動機を超越し続けるだけの人間性に修繕されるだけの要因に課せるだけの痛みを引き離し、この変貌し続ける限りの精神から印象は相互し、以後を重ね、その先を埋めるだけの生き方や形から離れるべく、延々とぶら下げる現在などに情けや、名残も残さずに備蓄される理由から跳躍し、芸術的な静謐さだけが、差額を支払うような世で制定されるだけの制約的な権限を打ち破るような媒体に絡まるだけのにんげんから離れ、配される愛に欲望を結ばずに昇華させるようなものでありたい。