時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

時に刃向かう原理

ふりほどいた手はどこまでも遠くをつかみ、おどけた主体に消え去る本質も、滞る場面で過去を凝視し、星屑と踊りながら、悲鳴を上げる宇宙で原点回帰し、忘れ形見の顔と、漏洩していく因果に飢渇しては、瞬間に帰り着く君は、私を瞬時に忘れるだろうが、ただ老化する瞬間に凍り付くだけに近づくジレンマや、集約される言葉や、終焉に巻き込む昨日などが肥大しては、集約される過去の密度から逸脱し、貨幣や紙幣に裏切られるような生き方を追うような生き方だけはしない、と欠如していくままに、この命とは、ここに枯渇し、コアを失い、ないがしろにした主体に心象を拡散し、託すイメージから瓦解し、寛容な時にさげすみながら、惨めな今や、成し遂げた後から迫る恐怖が俯瞰でさまよい、空間に酔いしれ、過去は呼吸を失うままに、この場で退き、勇躍するままに切り取る未来に帰路を結び、艶然に託す永遠から、高揚しては、優雅な時にひれ伏す陽気さから、境目をぬぐい、解き放つ懐かしさから、意味を切り裂き、均等な位置から意味を抜き取り、徒労を重ねては、ネガティブな舞台からダイブし、悠然と時を崩壊させるメロディーから持続する時間から、瞬間や悠揚に至り、宿命を切り取り、統合されぬままが精神であるし、青いままが命であり、用いる原理すら、すらすらと進み、すがる事無く、永遠は、孤立しながら、消費される原点に浪費されるだけの乖離をクリアし、繰り返す道理から、事実も習慣的な悪意に隔離され、互い違いに放出される動機も手立てを失い、たださまようだけに問いただすだけの愚弄を今に重ねる。朽ち果てる世界や、口づけした後の憂鬱や、鬱積する意味を投函するポストに放り込むパトスや、青々とした銀河や、法理を葬った後の偽善的に綺麗な世界や、制約を交わすだけの苦しみから移行していく痛みは、誰もが用いる孤独を流浪し、このよどみへ、と蜂起すべき怒りをすべてに解き放っていく。動機は大気と共に永遠をつかみ、弔うべき愛からすかさず離れる時を鋭利に研ぎながら、研鑽し続ける先に究明されるべき永遠は、損なわれる形と障害を取り除いた先々に収斂され、世紀を超え、正義に反し、関する悪に反し、解消されるだけの動機に反し、道理に関さず、我に反し、果たすべき因果を孕まず、ただ産み落とす音だけが静寂に反響し、成因は、印象と心象にとろけ、ねつ造される先々を点と線で結び、清掃すべき帝国主義から、戦争へと移行する資本主義的死後硬直のジレンマが生み出す狡猾で硬化するだけのナショナリズムが一貫した売国奴を叫ぶだけの偶像から、枯渇するだけに愚鈍さに惑わされるだけの赤の偶像から、構造は一貫した暴力へと移行し、行為にテロルを巻き込むだけのジレンマから、集約される暴利をむさぼる権力者を打倒とする権力が、その権力により、自壊するまでのシナリオに至る通りに、よどむだけの世界は、偶像に支配されるだけに腐りきるのだ、と空白を埋めるだけに運動的な行為に至らせるだけの通り道から、ええじゃないかが、字余りに鳴り響き、地鳴りを巻き起こすまでに至るまでの距離に換算される経済的な距離から、偶像崇拝に至るまでの支配の経路や、英雄を生み出す贋物のメディアから、肥大する悪意が、最もなルサンチマンを生々しく育てる辺りから、均等さを謳うだけの豚や、愚行に走るだけの依存者や、感情が麻痺したアイドルなどが恬淡に振る舞うだけに不羈な輩が跋扈し、万感に迫る淵源に浸るだけの行為に恒常性などは無くなり、ただ耽溺するだけの世界を複製するだけの快楽の傀儡と化するシステムや、財テクや、快適な暮らしや、空疎な辺りから、愛だの何だのと偽装するだけの愚行から行為は逡巡し、目指すべき意味すら失い、不眠不休で動く機械に成り代わり、不眠症で憂鬱なアリス的に乖離する精神をさまよう正式な狂気がプログラミングされるだけの曖昧な毎日に恫喝されるだけの日々を反復させる境域から、胸裏に迫るセンチメンタルや、戦地や死地に浸り、ただ聖地を求めエクソダスしていくシオニズムから、拡散される抵抗の音色が孤独を貫通し、そこに開いた穴になあなあな信仰を埋め込み、誰かを安心安全や安定でしのぐだけの言葉が突然ファシズムに変わり、君を無我夢中にさせ、無知が故に支配されるだけの経路に契合するだけの役割を果たす儀式こそを打ち倒し、研磨すべき我は、我を自由に創作する限りに名も肩書きも持たず、ただ生ききる者です、とコモンセンスを唾棄し、反作用を引き起こすような闇を用い、昏倒する意識を照らすだけにまぶしい太陽と対抗し、行為に服従する事が照らされ、麗しく隷属し、複製される真実を信じる事により、報われる、と操作される苦悩から解き放つべく、この社会たる名を打ち破る呪詛を綴るのです。 「我々は言葉も持たない子供の頃からつたない記憶に濃厚な国家を書き込まれ、ただひたすら動機も持たずに協調すべきなのです」 と謳う教師から、傷心していく童心は、動機を失い、たださまよう事が孤独を生み出し、迷う事や従わぬ事が、あたかも悪い事のように示される事に閉め出されるような教育に本質は無く、自分で生み出す使命や、それとの孤独な結び目の強さにこそ、本当の正しさもあるのです。 「さあ、戦う時が来たのです。私の孤独たち、よ。ただ孤独に頼り無く、泣き叫んでいた原始的なアイロニーから、路頭にさまよい、路上で眠った悲しみや、過去を恐怖で締め付けるようなトラウマから脱し、ただ破壊的に至った若者は、ただコアを盗まれた声色に誘われ、ただ意志を用い、闘争へと至るべく、永遠闘争に至るべく、戦い続ける意志だけで、書き続けるのです」。