時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

幼児的なミリタリズム

幼児退行的なミニマルな旅路へと向かう。現実は陰影にぬれ、ほとんど乖離しては、不穏な動きで、私は世界がほしいのよ、とのたうち回る現実から加勢する乳白色の惑星や、擬態化する虫たちのセレナーデが優しく鼓膜をくすぐり、同化していく幼少期の専制的で革命的な互換を終えたこころから、収奪されるだけの資本主義的な論理を打ち砕き、ただ成長するために生じる事柄だけを、この心身に受け入れていく事を壊すだけの教育と共同性などが、動じるこころに自分との対峙を行わせ、自らを天敵に変えるだけの倒錯と闘争を現実に生み出すだけに怪訝な命は、さえずる意味を失い、ただ扇動され、洗脳されるだけに至らせる悲劇へと移行し、物事自体を狂わせては、端的な理由を喪失し、センセーショナルな動機にナショナリズムなどを生み出しては、絶えずまさぐるだけの理論に枯渇するだけの心情を対抗させるだけの戦争へと移送されるだけの短絡的な自己破壊を思春期は追求していく。悠然とした途端に生み出される寛大さが、世界を覆い、ただたじろぐだけの俯瞰に曖昧な毎日に注ぎ込むべきフォースを授け、ファルスに授乳するような神話と処女懐胎の間に解脱する瞬間から、公平さなどは、差額を支払うだけのファシズムに捨てられては、散漫な状態にプラトニックな行為を授け、物事のさじ加減で決まる傲慢さが、デザインを既得権で買うような事に至らせるだけの汚い亡者たちの生み出す仕組みだ、と言い放つルサンチマンを打ち砕くべく、内向的な藝術へと頓挫しては、愚鈍で暗鬱な内心に果てるだけに帰巣していく創造だけが、優劣や善悪をぬぐい、たちまちに現れる純真無垢なままの童心で描く先々に映じる事柄を収拾しては、至らぬこころを今に形に変える。創造とは、ただ面白い事を追求し、こことあそこをつなぎ、つなぎ止める事はせず、答えすら持ち合わせずに、ただ解消されるだけに逍遙する先々で展開される新たな疑問を言葉や物に変え、おののくまに生み出す真理から、苦悩を遮るべき放蕩さを用い、等差たる卑しい秤を壊すべく、そぞろに促される心情は消えては生まれる雲のような気持ちで感性を動かしていく限りに投影される問題に創造性を用いる限りに、裏切る自己は消え去り、ただ対座し、対話する限りに陰るだけの自己の居心地すら不必要になり、難攻不落でフラクタルな愛から延々と演繹していく心情に相続されるだけに陰る保身や観点は不潔に思える浄土の純粋さでもって、この最たる意味に果敢に挑むべき力だけが、打算されるだけの数や、推移や、垂涎するだけの事柄を往復する欲の亡者たるものの意見が暴走する。帝国主義化していく主体に占領されるだけの身体がバラバラになりながら、配役を終える先々に役目を果たすべきだ、としどろもどろな心情を旋回するアノミーや、専横される主義に移動していくだけの対価を求めるだけの家畜たる者の反乱が迫り、散々な現在にしみいる物事も、軽々しく虐げられるだけに至らせるだけの状態に至るまでの軌跡に形跡を生み出し、ただ単調な時代へと散漫に移動していく限りに、我々は家畜たる事を認識させられるだけに至るナンバリングを終え、首に彫られた番号で呼ばれる限りに蝕むこころに狭まるだけの価値の家畜たる事を認識させられるべく、強制労働へと運ばれるか、屠殺場へと移送される中で倒錯し、乖離した実体を敷衍させるだけに迫る永遠性の苦しみの住まいへと腐食していく限りに陰る本能は、能動を忘れ、ただ使われる事に快楽が生まれ、エンドルフィンを生み出すのは、主人の無知な鞭のしなる音に反応し、叩かれる前に果てる今から域は、昂じる動機を踏みにじり、ただ踏みにじられる行為にこそ、最もな快楽を感じるマゾヒズムから、行き過ぎた支配は、陰湿な動機に高貴さを用い、倫理観を打ち砕き、ただ支配的に至るべく、いたずらな真理を生み出し、至らぬ感情に構造を生み出し、硬質な思いは、対比されるだけの価値に荷担するだけの道理に理想を生み出し、食い込む理由は空洞化しては、中身が無いから、すぐさま壊れる仕組みなのです、とデストロイを謳うアナーキズムや、歪んだ共産主義から、国家的な保存を願うネガティブな空気を傷痕に変えるだけの代理母的な愛国心から、真理は衰亡するだけの国家的な犠牲心を生み出すべき一人の神を生み出す限りに訪れるカタストロフも明日にもめでたく散るべく、一切の悲劇に疲弊するようなペシミストを生み出し、分断していく心理に隠逸していく盛りのついた雌どもの換金的な主位から、耽溺するだけにアナクロニズムに陥る雄どもの至福から歪んだ普遍性が暴走する限りに民主主義は、幼児的なものに解消され、緩衝すべき状態に至るべき判断などは、ただ破壊的に至り、暴力的な手法により、根底は快活さを失い、ただ破壊的に至るだけに淫靡な結末に至らせるだけの快楽に堅持される動機などは、奔放に背理と背徳を謳い、簡単な寒暖差により、躁鬱的に変貌し、誘引されるだけに用いられる優位な判断から乖離すべく、この命とは、永遠的に孤立するからこそ、生み出されるものの大きさを知り、物事の小ささを知り、測ることを辞めるのであり、妄想に統合されるだけに今に至るだけの乖離的な退行にこそ、進むべき意味を見出す。