時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

泰然的な瞬間

十全たる瞬間に迫る面影も狭い価値に収まり観点を見失い、錯綜する現在に浪費するだけの出来事に継続していく苦悩だけで、行く末をデカダンなものに変え、偏執しては、妨げる明日に攻め入る言葉が関連性を求め、求め合うだけに這いずる曖昧な今から蓄積していく状態に清貧な意味を用い、用いられる事柄に流動していく事柄が攻め入り、倫理観などをまさぐりながら、感情的に攻め入るだけの浪費的な時代性の陰気さや、毒素や、還元されるだけに明け暮れる街並みに燦然と輝く自らを主張していくだけに主義思想は、ただ混同する意識に散漫さを生み出し、偏るだけに至るだけの考えを生み出し、見つめ直すべき自らを見えなくし、今に束縛し、思想に軋轢を加えられ、しかと理解すべき自己すらも、どこ?とさまようだけに遮られる考えに間隔や懸隔ばかりが広がり、重圧を加え、最もな軋轢は、偏った思想に陥り、思考停止し、膠着する固定観念から、加勢していく動機は、ただ権力と悪意を用い、徒党を組み、組み込まれる悪意に純然たる正義として死闘を繰り広げ、自らの悪を正当化すべく、性悪説を謳い、神を作り上げ、ただ形有るものに押しつけるペシミズムから、自らをカタストロフに追いやらず、外側の世界を巻き込み、内側の自己が圧迫されるのだ、と自らすらも乗りこなせずに、世界を世界として認識し、ただ世界として死刑台へと送る世界と対峙する自己すら飛び越えられずに、ただ転換される事柄に横溢していく事柄や言葉に扇動され、ただ戦争へと移行していくのが、人間の哀れなのだ、と祈るだけの者は、ただその場で悶絶しては、ただ形有るものに収まるだけに至り、至らぬままの心情は、神授を求め、醜態をさらし、ただ具現化されるだけの物事に偏在するだけの気持ちに加工されるだけの価値に同一化を求め、ただ協調するだけに大義も無い浅薄な言葉が横行し、応じる答えも事柄も過激なものに陥り、ただ徒党を組む者は、ただ探知すべき自己を探求せずに、ただ浅はかに物事を測るだけに終えるような思考に至らせるだけの悲劇を悲劇とも思わずに、ただ鬱積し、運命に倒錯し、等差に至るだけに差別的なナショナリズムに陥り、自分以外の者に処罰を下そう、と自らを神格化するだけの偶像崇拝的な崇敬を執り行う思春期の不安定さから、裁かれる間に純然たる要理も奪われ、ただ運命に破綻していくだけに終えるだけの君の情熱も無い歯車と化するだけにカスタムされ、ただオプティミズム的な欲でももって、この資本主義たるていたらくが生み出した大破した民主主義から愚行ばかりが生まれ、ただ従うだけに磔にされる自らに石を投げ、槍で突き刺し、ただ死する自己を傍観するような生活感に仮想するだけでじゅうぶんだ、と屈従する先に鬱積する物事に放置される苦悩に去りゆき、行き違い、はき違える間に運命は倒錯し、混沌へと陥り、応じる事にも不潔に感じ、がんじがらめになる先々に用いられる嘘ばかりが乱用され、単一な動機を失い、ただ扇動され、錯綜するだけに至らせるような呪詛から、配される愛がなんたるかを知らずに、ただ主義思想に汚されるだけに裂ける現在に査定されるだけの心身にプロパガンダが迫り、惨憺たる安易さが生み出す危険な思想から、惨憺たる安易がしみ出し、ただ安易な暴力へと移行していくだけに因子は踏破され、惨憺たる者が生み出す姿勢から、聖域は穢され、聖戦へと移行していくだけに争いは絶えず、ただたゆまぬように短絡的な動機を広域に敷衍させ、高次に至らせるべく、哲学も知らずに観念は、歓迎され、ただ価値に収まるだけに明け暮れる邪推から、あくなき闘争へと陥るだけに流浪する本質は、ただ祭り的に消費され、暴力性と純粋な快楽から、受理されるだけに認可する出来事を監視し合い、互いを恨むべく、ただ単調な支配へと移行していくだけに滑り落ちるなまめかしさに、流動していく思念は、エクソダスを求めず、ただバビロンこそが、天地創造の利点を用い、力学をも用い、問答すらも生み出し、ただ溌剌と鬱蒼とした哲学に帰巣する本能たちを包む母体たる役目を果たすのだ、と嘯くだけのオプティミストたちの貞操観などが加速し、生み出された規律は、ただ統治すべくフォースでもって支配するファシズムから深層崩壊し、帝国主義が跋扈し、抵抗する者を奪うためだけに規律は装置化し、罪と罰を用い、物事がはじまる前を抑止し、揺動する先々に不安を生み出し、ただ植え込まれる問題から、軋轢が生まれ、閉じる答えがよじれさせ、投じる事すら不潔であり、その抵抗こそが、君を監獄に入れ込み、強制労働へと送り込み、強制収容されたら最後、ただ捨てられ、そこから這い上がれぬようにするのが、資本主義的な傲岸不遜さであるのであり、ただ中産階級をたくさん生み出し、その上下の差ばかりが開き、貧富の差は、貧寒さを生み出し、ただ寡占し、欲望のままに吸い取るだけの搾取が悪趣味な政治を生み出し、いっさいを破壊し尽くすだけのバンダリズムが横行し、現在に現代も社会すらも無く、ただ破壊する者と、その破壊を傍観する者に分かれては、互いを傍観し合うだけに至るような破壊に至るだけの事柄に応じるエンドルフィンだけが、反応し、ただ著しく充溢していく快楽受容体に散漫たる安易さで答えるだけの素直な脳だけが、身体に信号を送り、純然たる快楽へと投射していく自己などは、ただ快楽に乖離し、快楽の傀儡として、この心象に反し、ただ快楽だけに至るのが、この人間たる形骸である。