時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

すべての因果は誰かと共に眠る。

血で書いたものを搾取する者共が奪う観点に群がるハエや、夜光虫がぶんぶんうなりを上げ、迫る記憶に記録を結び、そこに概念を突き刺し、思いを更新するほどに、媚び売る者共が支配するだけに受理する理由に屈性していくだけに、今に収められ、苦しみ続ける。弔われる名前が、神経質そうに歪んでは泳ぎ、さえずる記憶に音階を残し、静謐をたぐる厳正な時に場を与えるよりも、この浮遊感に感じるままの動機を想起させては、恬淡とした由縁になびく悠遠から悲観しない距離にいただく君の域や、要因に波形を残し、観点に触覚を与え、端的な遊離を繰り返し、消し去る思いに、形式すら持たずに、用いられる言葉に反し、有する過程に眠るだけの君に掛ける思いが関して行くだけの行方に平衡しては、感応し続けるだけに創造的な由縁に怠けては、アンニュイな鼓動を聞き、孤独を知り、その孤独に打ち勝つ事だけが、勝ち負けと呼べるようなリベラルな私情とも離別しては、愛惜にぬれる記憶も、孤独を抱えては、散漫な状態を受胎し、閑散とした支配を受け入れ、超克する死から、誘導される季節に下限していく今から、隠滅するまでの季節の変わり目や、生じる状態に重なり続ける空間的な回路から、感染していく病に、終焉に巻き込まれていく動機が健全な風を与え、押し引きするだけの観点に愛や憎悪を引き出す間に、こじれる時間に、収斂していく今に言葉も無く、名残惜しい主観に和む言葉は、ことごとくを旋回し、物事は背中合わせで色あせるし、やがて渇望する先々を灰色に変え、加算される原理を押しつけるだけに捉える動機を迎え撃ち、短絡的な今に蔓延る意味を瀰漫させ、堆積していく痛みから、高まる思いに加算される激情から固執していくだけに鬱積していく事柄も偏るだけに折り重なる思想は、四の五の吐き出すだけの過ちに変わり、君に関わるほどに、君を歪ませるような思想であるならば、思想とは呼べず、その場で中庸を失うならば、すべてはバラバラになり、君のバランスを壊すだけに至らせるような思いならば、思いとは呼べず、ただ扇動されるだけに戦争状態へと移行していくような私的な内観の内戦から、難攻不落な状態とのフラクタルを謳う憂鬱から、偏執していくだけに孤立していく永遠から引き延ばされる思いは、端的な誘引を繰り返し、加算される憂鬱に引き返し、引きこもり、孤独をかじるだけに憂鬱に配備される自己顕示的な還元を受け取り続ける憂鬱な惨劇から、悲惨さを受け取る限りに餓死し、仮死化する精神は、最たる意味を損ない、行いに攪拌され、かぎつける意味に無造作な思いは、こみ上げる意味に今を残し、散漫な状態にこじれていく状態から時系列を用い、時間に追われるだけに囚われる次元や空間から歪むべく、何事にも反するような物質であるだけに閉ざす事無く開け広げては、怠慢な様態に蔓延る状況の湖心に揺らぎ、怠慢な容態を虚ろに傍観するだけに期待感を損ない、希望を失い、ただ愛を知らずに道理をさかのぼるような馬鹿どもの支配から脱兎し、動転しては、顛末に蔓延る悪意から配される愛にまでつながり続ける安易さに言葉を残すべく、対立し続ける先に用いられる事柄すらも嘔気を用い、もんもんとしていくだけに指定される義務感から、加速する支配へと死はビートを重ね、加算される道理に反しもせずに、ただ淘汰されるだけに屈するぐらいならば、この言葉をミサイルに変え、君のこころを迎撃し、ただ思い者を友と呼ぶべく、読むだけに言葉は無く、ただ与える事に影響は無く、ただ考える事に理解など無く、ただたちまちに敷衍していく思いも、ジレンマに変わり、たどたどしく君に範囲を与え、こじれる先々に場所などを求めるようになど、とうつつをぬかす間に魂胆は歪んだものに変わり、純然たる思考は失われ、行いは、今に行いを倒錯させ、投影されるべき理由も晩成に帰宅し、慢性的な痛みを介し、観点を奪うだけに露骨な支配は、権力を暴走させ、傍観する暴力から耽溺する者を生み出し、快楽の傀儡へと統合されるだけの受容体へと偏執していくだけに陰る論理から、愚かな者を生み出しくみ取る先々に食い込む理念は、象徴的な軽薄さを生み出し、精白さを損なわせ、混ざり合う事をあたかも正解のように示すだけの答えにラディカルであるべく、リリカルな詩情をそこかしこに接続し、電流を促し、違う圧力でもって同調するだけの真理に反し、関する思いは、そこかしこに弊害も用いず、問答する先々に対立する答えが差異を生み出し、くみ取る思いに根底は飢渇するだけのムーブメントに林立するだけの道理に寡占されるだけに独占欲を生み出し、ただ儀式に溺れ、形式に満たない心情を倒錯させ、ただ占有し、所有すべき愛だけが、愛と勘違いされ、そこで売買されるだけに至らせる幸福論などにロンギヌスの槍を突き刺し、始まりの交わりに用いられる神という概念を越える事により、乱費を繰り返す論理的な犬を裁くだけの価値観の家畜から守るべき思想を用い、統合されるぐらいなら、いっそ純粋に狂う事のが大切である、と宣言するようなニヒリストでも無く、ファシズムでも無いから、観点は、関係性に連綿たる思いを紡ぐ先々に編み込むよりも、報うだけに置かれる宗教的な発疹をかきむしるよりも、無心であり続ける自己を神と呼び、そこに神たる名前を飛び越える辺りに怯える事無く、溺れる事も無く、覚える暇も無いほどに攪拌する先々に思念は涅槃すらも越え、願いすらも飛び越える辺りに、超越する門を蹴破り、ただ端的な幽遠で悲観しない完璧な身体をあざ笑う。