時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

翻すひととき

戦争を持ち込むバンダリストがうようよし、紆余曲折し、右往左往する思想が、混濁へと誘う。本来の自分とは、何にも左右されず、何事をも受け入れず、自らの意志だけで意味を見出す事だ。だが、その見出した正しさこそを怪しむべきである。北風に吹かれ、宿す真理。ただ冬に面影を隠す君の理こそ、真理。誰も正しくなく、自分こそが正しいとしたら、どうだろう?不安か?また誰かの意思に従うか?私は、私しにすら従わず、すべてを怪しみ、もう一度考え直し、新たな意味からも跳躍する事に、超越とは、産まれる。真理をも飛び越えるとは、こういう考えにある。真理とは単に、誰かが生み出し、何もかもをなぎ倒し、確かな意味すらそこから奪い去ったものに満たない。意識を開墾する。部位に入り込む意識が、革命的に分散していく。はじまりは、愉快に浸透する宇宙と真理との対立が進み、交わるべき正しさも分裂し、有意義な瞬間に持論を巻き込み、転換される理由を、癇癪に変え、監視下に置かれる魂は、静謐に収まり、優雅に揺れる。攪拌される浄土は、勝手気ままに思いを産道まで押し上げ、新たな子を産み落とすまでのフォースを与える。用いる価値を流浪し、あらゆる悲劇を疎外し、新たな試みを用い、分裂的にさえずる消費的な観念を量産型を作り出し、批難する間に悲劇は加速し、恨み辛みを今に敷衍し、普遍的な問題に加速する状態に譲与される意味を旋回させ、展開する今が束縛される果てに疎外され、魂胆を突き抜けては、いぶかる思いに簡素な理由を作り出し、償いを求めるだけに世界をでっち上げるだけにデカダンなものが支配する芝居から、加工される品位に加速し、耽溺するだけの者どもの支配から気配は監獄へと入れられ、展開を拘束するだけにゆだねるべき間も、曖昧な愛に支配され、神話の中に引き込まれ、安易な支配は、からまる現在に意図を残し、痕跡すらもかき消し、さすらう現在に移行していく不自然な戸惑いから、均等な位置などは、意味をこじらせるだけに世界の苦悩へと引き込まれ、自らのペシミズムに左右されるだけに展開する思想などに、価値観などの家畜として、指定される義務を果たすだけに、人間的なものに囚われ、自らの自由をジュエリーに変え、それを身につけ着飾るほどに、危機的な領域に住まいを求め、そこに定住するだけに思想とは、今に拘泥させ、膠着させ、世界自体を奪うために席巻する悪魔的な自己から、曖昧な今の獣どもから逃げ惑うだけのジレンマから、トラウマにより、硬直する現時点に交錯する痛みから、今が曖昧に成り代わり、君を奪うだけに駆除される現在に貧するだけの価値の家畜として、韜晦していく苦悩が、思いをかっさらい、渇望するだけに至らせるような由縁に誘引されるだけに査定されるだけの人生へと移行していくほどに施される思いは、普遍的なものに扇動され、コマーシャリズムに支配され、独占されるだけの形に過去を移し替え、強制されるだけの今に意味を引きずり、慈愛に導かれず、ただ憎悪に席巻されるだけに悪意を加速させ、隔意を用い、孤立しては、自分の内にこもる君の苦しみのベクトルを旋回する意味から耽溺する悲しみに移動していく思いに反し、関する今に前衛的に逍遙する現在を加速し、束縛されずに放つ意味から今がなれ合いに捕まるよりも、自由にたゆたう余韻に走り去る思いは、速さや大きさを用いず、少なく動き、ゆっくり進むだけに、ほどける景色が、形式を超越し、今に栄進し、真摯に向き合うほどに施される意味に支配されず、今に自由を用いずとも、ほとんどの意味に関わり、囲われるよりも、閉じこもるよりも、押し上げ、引き上げるほどに、昇華する事に置かれる孤独に震えず、その孤独すらも創造的に変えるような昇華から、逍遙する私は、運命を超越し、延延と演繹しては、加速する思いに加工される以前にナンバリングされようが、何事にも関さず、我は、我で居たいのだ、と監視下に置かれようが、我関さず、反する事に置かれる問題に引き込まれるよりも、そのままで何ができるかを思う事に関する間に反する限りに案ずる思いが、今を超越し、様様な思惑から放たれ、弛まずに描く事に真実は跳躍し、やがて渇望する現在に呈する思いも勇躍し、その超越し続ける思いがつたない記憶を損ないながらも、思い出さず、状態に膠着するだけの思い出すらもこの場で引き離し、発散される現在に有する過去すら枯渇するだけの状態にこじつける言葉に関与せずに、放たれるままに優雅に揺れ動く事の美麗さだけが、物事に関する合間に移動を続け、フラクタルに揺らぐ互いに緩衝し、同一化するよりも、憧憬するよりも、するりと逃げ惑う互いが反響し、混ざり合う音を聞き、確かな今に揺らぐ。ただ揺らぐとは、今にはじまり交わる事においてけぼりをくらっても、暗く歪まず、君が描く事だけが成合を深め、今に合成されず、高揚し、交互しては、蔓延る意味を飛び越え、その永遠に角度を持ち込まず、満たされずとも、今に放たれる軌跡だけが、形跡に結ばれず、ただ用いられる形に反し、君自体に共鳴する事だけが、物事の本質を見極めるの、だ。