時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

概念を突き抜け至る思い

哲学は、何も分け隔てなくなることからはじまる。ただ交わる意味が今を形成し、すべてを確かなものに変える。身軽な思考が、あらゆる思想を超越し、新たな答えを導く。居場所を求める戦争を終えるため、軽々と存在自体を超越する静謐な眠りから、制限を持たぬ思想が生まれ出る。放たれる意識は、遙か上空を突き抜け、中空すら持たぬ宇宙を旋回し、欺瞞と傲慢で埋め尽くされた世界を超越し、放たれる意志は、ただ純然たるものをつかみ、放出される意識から現前へと果てる無我の境地をたどり、たっとぶ意識は域を持たず、超越し続ける限りの優雅さをめくり、悠然と至る照応から、高揚感を携え、感覚だけで永遠をつかみ、報じられる間に異物感を携えずに、感応する先々に、官能的な意味がぶつかり、衝動的な由縁に遊楽が吹き荒び憂鬱な夜明けを超克し、ただこすりあわされる先に些細な出来事が交わるだけだ、と諭しては、抗う先に生まれる意味すらも無垢な今に伝わり、維持されるだけに裂ける間から、浩然たる対応でこじれる先を結ぶだけに強固になり、興じる運命に損なう限りに陰る命が損なわれずに、縫い付けられる今が強固になり、意味に成り代わる間にかじかむ気持ちは、自覚する数秒先を行き来し、行き着く先に願う事すら不潔に思えるのだ、と妥当な意識などは、今に用いられるほどに道徳的なものを押しつけ、考えるよりも、記号化し、暗示的に示されるだけの事柄に抑圧され、身動きも取られなくなることに置かれる意味に締め付けられるよりも、達観し、宇宙から眺める意識は、広さも狭さも用いず、ただ広がるだけの広大な景色が、形式も持たずに広がり、ただ浮遊し、敷衍するだけに至らせる事に置かれる事に神や信仰すらも要らず、ただ至らぬ思いは、損なわれる限りにそこかしこに置き、生じる意味に行き着く先や、言い分けがましく求める合間に曖昧な毎日も、用いられるだけにちょこざいな理由を降り注ぎ、魯鈍なものに変え、物質的な猶予に屠られ、葬られる先にこじれては行為そのものに引きずられ、直奏する意志から、凄絶な意味をすなどり、浪費されるだけの観念にすなどられるだけに価値として背き、相違するほどに互い違いになる。

ただ愛は階級も持たずに、介する間に愛を放ち、放たれる間に意味を残し、引き取る間に逸する事から弾ける愛が全宇宙になびく。対処される事に置かれる他者から対象として存在を意識する事から転換される意志が意味を突き破り、いぶかる事でこじれる先に事象をぬぐい、ただ有るものとして今に混在していく。指定されずにそこに備わる存在は、備わるだけの影を背負い、今に蝕む答えを含んだ理由に支配され、意味も分からずに従うだけの記号に堕落していく。意識は、未だ薄明なままに意味に従い、隷従している。ただ有るものとは、与えられたものに過ぎず、それに従うジレンマが今に狭まり、生命自体の自由さを屠る安易さに最たる意味を損ない、生じる運命に慟哭をうながし、ただ失われる効果から、好意的なものは、今に硬化し、こじれるだけに至り、至らぬ思いは、損なうだけに堕落し、浸透する意思は、虐げられたままに屈従を続ける監獄としての社会を自ずと形成し、利己的な支配に興じる快楽主義的な世界としてひたすら欲に走る。ただ補われないものは、即座に観念を軟弱なものにし、脆弱な意志は、逸する事を知らず、ただ従う事に普遍的なものをうながす。物事とは、背反されるために存在し、そこでためらわずに逆らう事により、普遍的なものを超越していき、自らの欺瞞をかき消し、形式を持たず、ただ純粋な破壊者として、解釈を打ち倒し、理論を構築せずに、巧緻なリズムで悪戯に消費されるだけの疑問に打ち出される答えに反するからこそ、正解を持たぬ世界を世界としてはじめて認識する限りに背く事から、意味は生じる。

ただ所持する意味が生じ、今に無意味さを生み出し、些細な出来事がデータ化し、簡素な意味が陥落を生み出し、緩和せずに、ただ煩わしくも同調し、損ない続ける自分などを探す自堕落さに陥る限りに間隔は広がり、介する間に消費するだけの愛もいつしか憎悪に変わり、カタストロフを生み出し、組み込まれる意識は、空虚さを生み出し、苦境にはみ出す永遠から見出す今が意味も分からずにさまようだけに至るはじまりこそが、君が見出す明日であり、そこに始まる事こそが君のはじまりであり、恥じらいすらも捨て去り交わる先に極まる意志が透徹させる意味がよろこびを運び、バビロンを打ち倒し、苦悩を超克する先に恐れを捨て去る先に愚かさも悲しさも乗り越える先に君が超える今こそが未来を形成し、嫌いなものすら今に昇華させるためにためらわずに創造に落とし込む意志こそが、意識を改革する。改善されるべきは、君が用いる世界であり、その世界で生まれる意味である。ただ誰かに指図されるために読むだけなら誰にでもでき、その場で自ら考えに落とし込まぬ限りに答えは生まれないのだ。

垂れ籠める静寂が覆い被さり、姑息な思いを超越し、用いられる定めを飛び越え、乏しく熱情する歯がゆさに関わり、課せられた痛みに同化していく意識は、薄明な由縁にからまり、幼稚な戦争へとスケープゴートしていく弱者たちが介する猥雑な世界から、偏る思想が生まれ、要する形に用いられる意味ほど残酷ないじめへと移行していく限りに陰る命は、慟哭を繰り返し、捏造される深夜に媒体する汚い命も加工されるだけの品位に捏造される倫理観に攻め入られ、陰湿な戦いを繰り返し、こじれる後から極まる痛みに道化を作り出し、答えが掲揚されるだけに崇める信仰として神を人間に宿し、神が身近になる辺りから、物事の近辺は愚鈍な思いを重ね、かさばる思いに過干渉しては、関係性から逸脱できずに、データ化する思いによじれる意味が緩衝しては、妨げる意味から未来を放出し、放念に至る今から思想は硬直し、勘合すべき他者との間に曖昧な意味を落とし込み、措置される意味から緩衝していく値へと相対していく辺りに貧相な価値を用い、寛容な意味を用いずに、ただすがるだけに至る意味から敢行していく意志が超克を目指し、やがて溌剌と追考していく考えとの対抗から、鬱積する問題を超越していく観念にねじ込まれる概念の概観を飛び越え、応じる答えに応酬する暴力的な統合から、統制させようともくろむ国家的な装置から、聡明な意味すらも薄命に消え去り、ただ用いられる考えに支配を用い、市街戦へと引き込み、もくろむ思いを慟哭に至らせ、悲しみに転じる行方は、帰巣すべき愛を知らず、ただ用いられる場所探しの難関さに敷衍する思いは、複雑な動機を魯鈍に転じ、対する間に負担を用い、朦朧としていく行方は経路を失い、もたつく今に用いられる独善的なままに枯渇させられる世界に反し、関する間に用いられる意味からエクソダスすべく、デカダンスを抱えるだけにペシミズムへと移行していく極みに教条を用い、盲信に至る答えから狡猾さを生み出し、人間とは咎められ支配されるだけに至らされる痛みから、間接的に結ばれる現前に消費される思いが高揚し、交換される命は、些細な動機を用い、陰鬱な衝動を抱え、淫靡にもたつく言動から、こじれる間に言い分けを重ね、意味に長じる由縁は損なうだけの影を抱え、重ねる思いは悠揚に近づき、奇跡を用い、その場で昇華するに至り、おとずれる間にこぼす愛が拡散され、攪拌される思いは、些細な間に陥るだけの苦しみを除外させ、疎外感を打ち消し、焦燥感をかき消し、健全に流浪する先に往昔は儚く千切れ、婉然たる様相できらめく命をそのままに落とし込む。