時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

超克と超越

空間にクラクションの鳴き声が氾濫する。時折のしみる涙を味方にする女たちは被害者面してヘイトスピーチをピーチクパーチクうながす鬼畜たちのセレナーデに参加し、閑散とした主体にうながすべき愛を退け、軽薄な論理に行動を移し替え、カタトニーに陥り、精神的な孤立感を偶像に掲げ、それを神として崇める隙間に人間的なものに交わる模様にリンクする視神経が、険悪さを巻き込み、恒常的な戦争へと移送させる。性差を用い、生産的な採算を合わせるだけに度外視される精神から、契約されるだけに唾棄される純粋なよろこびは屠られる教育が生み出す協調性に世界は崩壊し、自らをあきらめで染め、ルールで縛るだけにしばらくに旋回し、贋物を背負わされる義務へと雲散霧消し、ゲットーで眠る太陽が目をこすり、延々と終わらない意味へと疎外されることに置かれるマルクスの理念から、傀儡へと住まいを移す限りに権威的なものを掲げる一切に反し、緩和を求めるよりも、純然たる破壊を催す限りに要する陰りは、寛容な時代を形成できず、ただ行いに線路を敷くだけに真相とは、心象から場外され、物事にフォーマットされるだけに慢性的な病を掲げ、自らをみすぼらしいものへと変換させるだけに退嬰的な原型を保ち、ただ用いられることに遅れを生み出すだけの代価から、端的な理性は、観衆と看守に変わり、傍観者と監視者として自らの内心に弊害を生み出し、物事を厭う限りの正しさで他者を占領し、用いる権威で責めるだけの権力に力は偏り、懈怠するだけに至り、得たもので互いを締め付ける限りに用いられる権限が、権力の使い方を誤り、個人主義へと閉鎖していく限りに陰る本質は、物事を邪推し、カタルシスをうながさずに、運命的なものに疎外され、配される間に用いられる愛に情念を用いず、ただ用いられる理由を元手に、誰彼かまわず支配する限りに懐疑を用い、乖離していく苦悩から、省かれる思いは、懐疑的な日常をさまよい、欺瞞で埋め尽くされる限りに陰る本質は、傷を増やし、自ら傷を生み出すだけの苦悩から空欄と空白を埋めよう、と攻め入るだけの恋から、間は屠られ、自らを鍛えるべき愛へと移行せずに、ただ短絡的な苦しみから逃れるだけの脳裏に蔓延る逃避から、快楽の傀儡としてドーパミンとエンドルフィンの奴隷として、執行される罪の積荷を運ぶ運搬夫として最たる意味を脳内で運び続ける倒錯者として依存者として聡明な意味を運ばずに、ただ考えを用いずに考えに倒錯する錯綜者として再来する苦しみに疎外される苦しみは、今に用いられる意味に動機を戦乱へと巻き込む間に空間的な空虚さに虐められるだけに陰湿な疎外感を覚え、横暴な世界に正当な理由などを吐き出す間にも、曖昧な支配は経路を変え、内心へと車線変更され、君のこころを専横する限りに十全とした感情は損なわれ、ないがしろにした今は餓死するまで君を疎外させ、最たる意味を浪費するまでに籠城され、浪費される精神に飢渇を与え、ただ理由も無く、欲のままに根源をすなどり、焦げ付き焼き尽くされる精神は、正義を損ない、善悪を倒錯させ、踏破する先先に対立を生み出し、滅びを協調する限りに悠然と弱肉強食という邪気を吐き出し、蔓延る愛に気がつかずに、ただ見過ごす間に用いられる金銭だけで救われる命こそが、正しいのだ、と虐げる間に従うだけの理由に従属するだけの価値が用いるカタストロフに複製されるだけの私たちは、立場を用い、交錯する理念に喪失感を抱え、早熟なままに運び出される間に理想は供給されるだけの憎悪を自我にうながし、誰もがルサンチマンの怪物として復讐と報復を交互させ、報復から生み出す憎悪を修復と呼び、報復が生み出す憎悪を幸福と呼び、後続する意識を蹴落とし、目の前の敵を討ち取るのだ、と言い放ち、形成される意識を蹴落とし、誰かの意志に支配され、権威に牽引されるだけの衆愚が生み出す偶像崇拝や、独裁が短絡的な支配を継続させ、懇意な者どもが官僚支配を補完し続けることを皮切りに、既得権を形成するだけに堕落した内部へと浸透すべき権力も疎外され、ただ置かれた物事に支配されるままを流動させることを協調と呼ぶような統合性こそがクソであり、空疎なものであり、おののくものを物置に隠し、拡散される前に攪拌し、そのまま幽閉し、従うまで拷問を続けることに植え付けられた恐怖をうながされ、レジスタンスを監獄へと押し込めるだけに垂れ籠める権力に権力は無く、持たされた権力とは正義を盾に悪に興じるだけに過ぎず、用いられた権力とは快楽を生み出す傀儡しか生み出さず、ただ腐敗した内部に拘束された権力が見出す正義などに世界は世界として崩壊する限りを傍観する者だけを生み出すだけに満たない世界を汚い世界と呼ぶだけの者どものルサンチマンから乖離していく回避から、物事は孤立へと誘われ、本質は疎か、厳かに散り行く生命の原点すら腐るだけに至る。この事実に気がつく者だけをはじめての正義、はじまりの正義、交わるままの正義と呼び、その者こそにフォースを授ける。あるいはありもので満足せずに、自ら生み出す創造者の世界こそを世界として認識する。