時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

彼女の憂鬱

私以外は、全員バカだなど、と促す私こそが、屈折したバカなのだ、と後ろめたいマイナス思考が順繰り支配する放課後の憂鬱などに接続される関係性などに終始追われるだけの関係などに、完結する思いなどは、ただ短絡的な儚さを情事に移し替え、ふしだらな思いを、フラクタルに物事を変換させるだけの支配的な関連から、階級的なものを生み出し、すべてを踏み台にするだけの、似非民主主義を生み出し、総監視社会たる、社会主義へと移行し、何かある、と告げ口し、何かをとことん追い詰め、誰かを苦しめるだけに至る情報などが跋扈し、私の被害妄想も膨れ上がり、ギスギスした関係性に軋轢を生み、誰かは、誰かを苦しむために存在し、クレバーなどがものだが、勝利を謳い、御託を並べ、リベラルな連中が、連日連夜報道されたり、促された情報を、全体主義的に傍観し、交換される由縁などがデータ化し、貸付られた思いに連帯感を孕ませ、卒業前夜にまで迫る私のポリティカルなバイオレンスは、リリカルな詩情に変わり、やがて創造こそが、すべてを覆す事をはじめて教えるべきなのに、いかんせん私の考えなどは、他者に操作されるだけに至るなど、と現在に屈従するぐらいなら、今にも散る勢いで、あらゆる出来事から疎外されようとも、あらゆる戸惑いが、鬱憤を溜め込み、コギトに媒介するアレルギーで、自らのかゆみに耐えかねず、あらゆる兼ね合いに差異をもたらし、醜い争いへと転じ、戦争的なものに支配され、気配を隠し、達観する連中が見下すだけの世界を世界として、モラトリアムや、メラトニンなどが促された犠牲心などが、神話的なカタルシスを促し、昇華された精神がうそぶく安寧などに、補足されるだけのアンニュイさが漂う私のアイロニーがねだる一生涯の形跡に浸る過去から犠牲的な観念は、やがて溌剌とした正義を生まず、与えられた主義思想に偏り、自らの意思すら持たずに、迫る選択権に住まいを移し、自らの因果に苦しみ、瓦解する思いは、理解を含まぬから、誰かに論破され、自らの考えにケチをつけられ、誰かの意見に支配されるから、奴隷的な観念から抜け出せずに、マルクシズムに転じ、マルクスが言っていた事を偏らせ、自らに良いように利用する事から、価値は損なわれ、自らの虚しさに苦しめられては、手懐けられた価値が現在を支配し、厳寒に震える形が、その価値の中からはみ出せずに、ずっと従うだけの関係から、経過していく思いが、いくつもエモーショナルに分散し、屈従関係から逃れ、自らのフォースこそが、あらゆる差異や、種別種目を飛び越え、遥か無知なままで厭わずに笑う事が、私の価値を踏みつける者から逃れる一歩である、と哲学者の叔父は、私をなだめつける。

愚鈍な私の同級生をにらみ付けたところで、何かを得る訳でも無いし、何かを冷徹な目で見つめたところで、何かを正しく見られる事も無いのだ、と促す授業中の窓から流れる空疎なものが、やがて巨大な虚構を生み出し、大きなニヒリズムがこころの中で摩擦を引き起こし、ヒリヒリと痛む私の心が、ちりぢりに拡散され、配される間に用いられる誰かの言葉も乖離した私の頭の中で懐疑的な思いに変わり、不当な出来事が、不明確な形を用い、不明瞭な思いが、思い出の中で攪拌されるほどに、無神経な奴らが戦くだけのカタストロフを用いるペシミズムなどが、世界の破局自体を自らの憂鬱に巻き込み、ひとりで消え入る事への不安が、妨げる思いに差延を生み出し、あらゆる開示や解除を謳う者が、階級支配を促し、階層からあふれ出る血から、同盟などを謳い、誰かを占領しよう、ともくろむ幼稚な観念から、懐疑的なものが敷衍し、やがて刹那に流動すべき確かな思いも、機械的なものに変わり、私の憂鬱に煩わしさが媒介し、愚鈍になりたいな、などと現を抜かす間に幻想的な元素記号や、ハーモニーが迫り、センチメンタルなメタファーを引き連れる安易な削除を促す音程に機械的な情緒が偏りを示すから、範囲をひるがえし、やがて自らに帰る事を教えるために、ためらわず私こそを絶えず変革へと追いやるのだ、と促すだけの階層から抜け出し、自らに描く真実だけを認識する事により、この言葉たちの意味も、絶えず変装を続けるだけの甘い言葉であり、あいまいな物事にひしめくだけの理由付けを施すだけの馬鹿どもの私腹を肥やすだけに至らせるのだ、とか新進気鋭で前衛的な創造性だけが、ひっかき傷を付け、やがてそこが破傷風になるのを待つ的な俯瞰から、やがて憎悪を媒介させる黴菌的なルサンチマンへと変貌を遂げるような偏執にこそ、関心を持たせるべき哲学を授けるために、私は、てめえの命を使い果たすまでに通る畦道にすら、不安感を利用し、誰かを統治するだけの信仰心などに屈さずに、ただ与えられた答えが見せつけるエゴに染みいる思いも、領土を奪い合うだけの観念にジレンマを与え、大抵の事実は、この堆積された物事に些細な動機を移し、やがて自らの痛みに帰任し、物事の起因に触れ、因果応報などを謳うの、と彼女は、底が無い思いを吐き出し、授業中にもかかわらず、革命的な昇華を施し、自らの憂鬱を隠滅させた。