時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

つかず離れず

奪う者すら居なくなった後に続く思いが、刹那に嘆じる由縁に想起するままを捉え、滞る事無く欺瞞を打ち払い、はびこる悪意に鎮座せずに、大気圏にまでとどろく昇華や、アンニュイな私情を閉ざす宇宙から、半分の挫折と、信仰心を謳う鳥たちの論考から、行為は基づく限りに障壁を与え、懇願するだけの心ない祈りから、此処は、心地よくも無く、漠然と空洞化に至るだけの簡素なもので隔てられ、警醒しているのにもかかわらず、とか押しつけるだけに至る説教じみたものでは、戦くだけで、介在するものを変えよう、と必死にもがく辺りから、新たな脅威は、新手の手法で支配の道をたどり、権力的なものが権利を謳い、動作を奪い、ちぐはぐな傀儡として、指定された義務から支払うべき是非から、是認していく限りに陰る本質は、実証に倒錯し、ただ導かれる事柄だけに唾棄されるものをすなどるだけの貪婪な餓鬼に成り下がり、果てない私欲はナチズムと交差し、ファシズムが描く絢爛豪華なものに玉砕していく差異から、惨憺たるものを扇動するだけに爆砕される意識は、死よりも恐ろしいものを育て上げ、惰性に描く真実は、一過性のものを信心し、曲がりきった意思が、倦怠感を運び、均等さを求める限りに、止めどない悪意が専横する脳内に純粋なものなど一切無くなり、ただ仮想カオスが、下層階級や、懐郷に導くだけの過去のジレンマや、時代性の悪意に点在する革命のシステムや、容易なものが攻め入る権限にしらふで挑むのは、愚鈍な者が行うのだ、と快楽主義者が謳う暁には、取っつきにくい哲学から、感染していく是非に健全なものなど無く、アカデミズムに穢され、そこに権限を用い、権利を謳う限りに次なる獲物を探す継ぎ接ぎだらけの意思は、虐げられずに、堕落せずに、落胆せずに、センチメンタルな戦地にセグメントされる理由もソーシャルなものに疎外され、ただ求められる協調性に殲滅していく意識は、誰かの意味を買い取るだけにかぎ取るものにふやけ、フラクタルなものは相互し続ける限りに似たものは、似たものでしか無く、しがないものを負い続けるだけに不満をため込み、怒りに変わり、緩和せずに、調和すら求めずにバンダリストとして、パンデミックしていくいぶかる生命は、意味も分からずに、知覚が変動し続ける辺りから、知性は、意味を掴めずに、ただパンセを読み解くべき万世に、パスカルは神を牛耳ったなど、と魯鈍な思考で捉える今にも、咎めるメルヘンが仰仰しく戦列に並ぶべきだ、と惰性な答えが、定価を叫ぶ辺りから、カタルシスは見込めず、ただずっと連なるだけの愚鈍さだけが、差額を求め、サクリファイスへと変貌していく個人から、散漫な意識は、次なる獲物を探し、齟齬する者を捕らえ、統合しない者を除外し、自らのルサンチマンや、歪んだエゴが映像化し、永劫を奪い、妨げる辺りから、バビロンが生み出したシックな現状から、現前は、絶え間ない闘争へと統合していく意識だけを正攻法のものだ、と独善的に支配し、芝居を続ける官僚支配的な迎合から、支配的なままに彩り縁取る正しさに栄誉を授けるだけの名前だけの惰性な取り組みから、くみ取るべき意味も食い違い、朽ち果てるだけに至り、定例に基づく儀式的な伴侶から離れるべく、反抗心を用い、行為に基づく答えに純利など持たせず、ただ朽ち果てるだけに終う物事にも、幸福論的な哀れ降る過去のふるさとにも、当該する事実も無ければ、今に健気に見初めるものも、いつかは見世物へと変わり、歴史の恥部へと変わるのだろう、と幽遠に引き裂かれる悲しみもアガペーを求め、戦争の経路をたどり、自らをセンシティブな戦士として、緩衝していく合間に由縁が広がり、愛が帆を張り、確かな思いが形となる創造へと蝉蛻していく意識は、敷居などを持たず、誰をも受け入れる事もしなければ、此処に当たるものに中庸すら求めず、戸惑い果てる先々に孕む是非から、是認していく思いが追憶に倒錯し、踏破する辺りに此処に備わるものすら、すかさず飛び越え、敬神に至るよりも、至らない思いに意味を背負わすよりも、今に手を伸ばし、次へと進む余力を携え、安易なプロセスを踏まずに、この自らに対峙する闘争から、等位を持たせず、統合へと至らずに、分裂的に描く先々に捉えるべき意味すらもすぐさま偏執していく限りに正すべき今に至る要理に続くものが、次々に運び込まれ、矢継ぎ早に描く今に至るものが、続々と運ばれ、はびこる辺りに配備される愛を捏造しては、意識を妨げ、慢性的な痛みへと変化していくものが、固執するだけに至るような倒錯へと劣等感を携え、欺瞞を打ち出し、不満足を謳うような傀儡の糸を切るべく、自らを何であるか知り、機械的な催しや、朦朧とした意識が見初める確かさにこそ、騙されるように、と教え、自らを見出す事にこそ、物事の正しさなどは、自分が生み出していた幻影にしか過ぎず、そこに現れる答えなどは、次々に続いた儀式的な犠牲にしか満たない、という事から生まれる羨望や嫉視などが作り出したものが、今を支配しているだけに満たず、ただ己を越える事だけに定理を生み出さず、ただ打算されるものや、採算が合うものだけを度外視し、その場に朽ち果てるだけの意味だけを追従しているにすぎない。