時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

栄華


 無口な身体を放り投げ、飼い慣らされた感情を捨て去り、最たる意味すら喪失し、感情的な由縁にほころぶものが、途端にあふれる物語と交差し、昏倒する意識は、リベラルな私情に卒倒し、根底から飢渇するだけに所持する言葉を被り、被害者意識が加速し、高尚を失い、ただモラリストどもがうごめく支離滅裂な俗世に専横するだけの物事が、低劣なものを運び出し、配属するだけに至る隷属するだけの感情の相互から、魂胆を損ない、密接なものを損ない、そこかしこで失った者ばかりが悶絶する家々を通り抜け、悲嘆に暮れるだけに加増するものが、悶悶とし、回答を待つ精神は倒壊し、分析されるだけの軽々しい示唆から、同調するだけの心理へともとづくエゴや、自我論的な早産から、苛まれるだけの過去から、呼吸法を失い、息苦しそうに遭難する精神的な悔悟から、境目を用い、モチーフとされる身体と緩衝するだけに、猜疑心をため込む恒常的な苦しみから抜け出すべく、ベクトルは、正解を持たず、世界を待たずに抜け出す速度は、何事にも追いつかれず、落ち度を認め、明晰な意思だけが、高揚させ、昇華へと至らせ、きらめく心身は、生後の総和から、和解する出来事は、すべて過去に成り得るが、述べて司る位置に、意味を用い、今を未来へと進ませる限りに育む意思は、空虚さをかき消し、短絡的なニヒリズムに陥るだけの過去の横溢から、トラウマのマントラを促すだけに、運命的な削除から、錯乱するだけの過去からの恒常的な雲間に迫る暗鬱な少女達のトランスから、淘汰されるだけの、この軽々しい身体は、傍観者を製造するだけの離人的な照合や、消耗するだけの回顧から、歓喜を損ない、感じるほどに、魯鈍な苦痛を抱え、固執するだけに、膠着する意思は、みすぼらしいものを建築するだけに至る。輪唱する神話などは、空疎な虚像を与えるだけに至り、騙られる神は、やがて人間的な傀儡として、偶像崇拝に浸らせるだけに至る原理的な唱和から、毒素や呪詛を育ませ、独創性を失い、創造的にあらんことを願い、強請るだけに、値が張るものばかりが成長を遂げ、咎められる心情を踏破できずに、何がしあわせかすら理解できずに、今に悲観するだけに至る輩が掲揚するものを信じ込むだけに、心情のシンジケートを破壊できずに、進路を妨害するだけの名も無い輩が支配するだけの情報に寄贈されるものだけを信じ込むだけの軽々しさに、境界線を引かれた精神的なレイシズムや、アナクロニズムに陥り、途端に支配される死の恐怖から逃げ惑うだけに至る値を用いるだけの啓蒙にも至らぬ形骸化した理想や、真理を促し、膠着するだけの意思を忘我へと働かせずに、ただ内外に受け取る価値の家畜として、指定される義務を促すだけの生臭坊主どもが促す幸福などにうやむやにされた清廉さは、損なわれ、そこに差額を支払うだけの義務へと愚意を運び、排斥されるだけの意思は、簡単なものを信じるだけに、信心とは、死に損ないのモラルを平均値にし、憎むだけに至る退嬰的な理論から、対象とされる欺瞞から、犠牲を促し、議論の外へと運ぶだけの超自然的な胎動から、体外に果てるジレンマに高次へと至るほどに、浸る魯鈍なジレンマにからまる時間から放たれ、高尚へと至るだけに訝る事への競合から、興じる由縁にからまる先々にリビドーが追求する快楽への解体から、乖離する飽き足りない身体を葬るべく、ベクトルは、似非信仰心などを用い、心象に侵蝕する猜疑心をまとい、間違いを改めずに、何かの奴隷として、傀儡として生きる事に指定される義務へと愚意は加速し、破壊的な情事は、叙情的なものを、自ら生み出せず、与えられるものを、風流などと促すほどに、詩的なものすら生み出せずに、詩的なものを否定し、与えられたもので満足するだけにおとずれる差異から、愛が無いとか、愛された事が無いから、と促す事に置かれる欺瞞などは、犠牲を促すだけの信仰的な何かが、今を膠着させ、何もかもは、信仰心が無い事により、片付けられる呪いや、清め祓いに示される偶像を対象として、苛む身体に互換される清心へと至らせるべく、ベクトルは、聖なるものへと偏るほどに、善悪とは何か、と迷うこころに信心を植え込み、あらゆる原理は、神の傀儡として、対話を損ない、そこに与えられる答えが、ひとつに偏るだけに解決しない私情は、抵抗を生み、テロリズムへと昇華し、何もかもは、恨むべく、今に与えられ、そこに加えられる欺瞞が、疑問を持たずに、ただ偏る者は、破壊活動へと浸るだけに横行するバンダリズムは、簡単に処理するだけの退嬰的な感情から、損なうだけに陰る自身にはびこるニヒリズムを、内側に孕まずに、外側に孕ませ、すべてに敵対心を向ける。昇華されるべく愛の末端に嵌まり込む理想が促す正義こそが、いちばんの偏りを示し、体系的なものが生み出す憎悪が媒介させる像を崇めるほどに、あいまいな感情は、何かを信仰する事により、増す快楽や、恐怖から逃げ惑う意思は、何かを頼る事により、偏りを生み出す。あらゆる原理に損なう意思とは、思想を失い、ただ何かに操作される事に現れる快楽を信仰し、ただ滑落する精神を傍観し、暴走する真理は、隠逸する者をも引き出し、静謐を愛する者をも侵略する。ただ自らの静寂に帰宅する者こそ、何事にも騙されずに、ごまかさずに、自らの孤独を愛する者にこそ、何が正解かを聞くべくである。