時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

掻痒


 孤独な羽音をふるわせ、飛躍を遂げるすがすがしい朝に従えるものもなければ、今に隷属し、隷従するだけに至るようなものもなく、今に孤立する思いが、比率などを捨て、対象とするものを放棄した後に広がる存在だけが、優雅に瞬間を閉じ込め、途端につかまえる意味が、あつらえられたようなものに覆われ、記憶を書き換えられるだけに至るような短絡的な思いを抱え、抵抗し続けるほどに、自らを苦しめても尚、そこに現れる現実とは、現実味もなければ、損なうような意味ばかりを浪費し、瞬間に拗れるだけに至るし、至らぬままに放置された思いが因果に飲まれ、おのおのの時間に消費されるだけに至り、時間の外に出られずに、時間の中でしか測られぬようなものが、今を覆い尽くし、苦しみを敷衍させ、些細な出来事にも傷つくような君の可憐さとは、愚鈍とも言えるし、感じるほどに、鈍くなようなものなどは、感じるに至らずに、今に苦しみを思うことだけが、正しいことのように示すような態度や、今に拗れるほどに体制の中に閉じこもり、そこでの苦しみを謳歌するだけに至るような思いなどは捨てる以前に、用いるべきではなく、持たされた義務にもたらされた苦しみを帰巣させるだけの場所としての存在の不確かさに苦しむほどに、自らの住まいをとは失われ、自分を探すなどという幻想をつかもうとすればするほどに、自らとはすれ違うものであるし、自らとは探すものにあらず、元から備わったものであるし、そこに現れるものが物陰に隠れ、物事に消費されるだけの関係が感性を失い、貪婪なものや、鈍磨なものへと引き裂かれていくようなジレンマから飛び立つべく、帰巣する場所などは求めずに、元々に備わるものなどは、今を阻めるだけに至り、今に与えられる苦しみにあてがわれるような理想を追い求める限りに、求めるものへと隷属し、自らの苦しむに屈するだけに至り、そこに現れる不安に食い尽くされるだけに至るし、そこに現れるものとの対立を深め、そこに現れる軋轢を終え、対比することとは、自らに枷を嵌め、狭い世界でしか、正解を見出せずに、モラルがなんだと放つ間に生まれる差異や、そこに生まれる背反や、はびこる悪意などに従属するだけの不謹慎な夜の波動が快楽を促し、死する間に失速していく時間とのたわむれや、誘う隙間に優位さを求める等差とは、そこでの差額を埋めるための闘争を続ける限りに幸福を求めるばかりで楽しむことを忘れるのであり、何かを買おうと必死に追い求める間を楽しまずに、そこに現れる回答だけに揺らぐような聖地に偽装された真理を元手に、何かを破壊するための口実をつくり、今をまさぐる真理が偶像を生み出し、偶然を装い、君を捕らえるだけに至るであろうし、ここで浪費するだけの観念がタオイズムを持たずに、戦いに明け暮れるほどに、魯鈍なものへと変化していくことが進化なのだ、と促すような幼稚な主義に理想はなく、自らの思想に食い尽くされ、空腹が続き、自らを癒やすための闘争へと陥り、理想を追い求めるほどに、何かを認めることを忘れ、否定することだけが、自分への釈明に変わり、そこに続く言い分けがましいプロセスをプログラミングされ、プロパガンダを自らに促し、脳内で再生されるものだけが、真実を語るのではなく、騙すのであり、そこで貶されていく精神は、蔑むほどに明晰な判断を行えずに、濁った意識は、今に敷居を作り出し、何かを受け入れぬことだけが、自らの価値のように思えるような色魔として生きることでしか自らの快楽を癒やせずに、最たる意味も見出せずに、何かを批判し続けることだけが、生きがいなのだ、と促すような寂れた意識に捧げるべき理想などはなく、理想などは希望に至らずに、何かを羨み嫉妬心に悶え、寂寞に耐えかねずに、自らを忙しく働かせ、自らを騒がしいものに投下し、加算される意味に追い込みながら、自らが苦しむことでしか自らを感じられずに、そこであらがうことを知らぬから、孤独であることを恐れ、今に襲いかかる苦しみに押し込まれ、自らを抑圧し続ける限りに陰る本質や、悪魔的な世界に配信される苦しみを利己的に遡及させ、窮乏し続ける限りに生まれる救済を求めるような弱気や、そこに生まれる同情の精神などが配信するものに背徳を促すべく、与えられた義務などは、今に苦しみを与えるための義務であり、そこに現れる意味などは、君を排斥するための意味であり、そこで苦しむことだけをプログラミングされたような生き方に競う価値が生まれ、そこで身もだえし続けるだけでは何も知り得ずに、そこから抜け出すこともできぬし、そこで求め続けるだけの貪婪な人生などに姿勢すらもないから、そこで膠着するだけに至り、自らを疎外するような結果に至り、誤ったマルクシズムを抱え夢想することでしか自らを癒やせぬような者が生み出す想定などは、創造性を欠いたものであるし、想像し続ける限りに物事は真実へと変化し、変換される意味などは、完治しない苦悩を癒やすためのツールにもならずに、そこでルールを作り上げ、理想を供給するフリをして、何かを搾取するような悪趣味な観念が生み出すパラダイムを破壊し、リリカルなままに歌い上げるような創造性だけが映じるものを素敵に昇華させ、写実的に語るものだけが、カタルシスへと誘い、今を解体し、互いをとがめるような理想こそを捨て去る。