時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

カタルシス


 生きるために描くことだけが、今に旋律を与え、むしばむ空虚感などは、安易な激情が住まいを移すための空白に過ぎぬ、と扇ぐ日々に欠乏するものもなければ、そこで生み出されるものが、孤独感をかき消し、退屈をしのぐだけの日常に結実していくものが、確かさを生み出し、真理を持たずとも、そこで弔われるものが育んだ営みから、理解すらも死に絶えた日常に結束していく意識的なものが中空を旋回し、はびこる意味が退ける物々しいものや、そこで悶絶し、試行錯誤することを辞め、明晰なものを疎外させるだけの観念へと引き込まれることに現れる軋轢を解消すべく、すべては、愛に滅ぶことだけに専念する。何かを守るために互いを摩耗することに過ぎず、そこに現れる苦しみとは、そこでとがめることだけに蝉蛻していき、逸脱することだけを求め、ここで止めどなく注がれる情念などが引き裂く感情や、そこかしこに優劣を決め込むだけに宣言を加えるだけの条例などが序列を決め込み、完全性を歌う自然の大義を求める君の感受性が井蛙な者を打ち砕くべく、ベクトルは天から受け取り、散漫な意識に用いられる革新的なものなどは、所詮は自らが用いる力により、誓いを加え、そこで隔てるだけの犠牲を生み出し、奪い合うだけに至り、いたわることを忘れ、猥雑な論理に姑息さを課せられるだけに至り、いぶかる先に堅持するものや、そこでもたらされる義務に占領され、応じるだけの現在に破棄される感情や、そこで広義に解釈することもできずに、安易な発想から発生していく痛みは、君だけを苦しめることだけに終えず、誰かを巻き込んで苦しむべきだ、というペシミズムが覆い、あらがうものを専横する主義が譫妄に陥り、便宜的な手段だけで描くシナリオに織り込まれる自己から、枯渇していく精神は、自我が用いる時間との対立や、そこで対比されるだけに陥る答えに欠乏していくだけの意識的な汚穢や、約束だけで固執するような由縁にひしめく代理の者が感情を左右させ、そこで使用される義務に挿入されるファルス的な横暴さに現時点はこなごなに砕け、惰性にみちびかれるだけの今に欺瞞を用い、さらなる苦しみを与えるためだけに情報を使い、何かを虐げ、したがえるほどに、自らの臆病さを加速させ、用いる恐怖により、自らを不安におとしいれるためのコードを吐き出す価値から、傀儡としてうごめく信用を謳うだけの物としての人間から、家畜としての利点や、齟齬をきたす現在に生まれる懸隔などがもっともな価値を謳い上げ、自らの歌声によいしれるほどに保護される意識は、意味合いに来すイメージを失い、想像すらできずに、与えられたものを、与えられたままに信用するままならぬ自分に気付かずに、気付かされることだけを目的に提言されるものなどは、何の正しさも持たずに、自らを正しいとすることによりよいしれる自分自身を高めることなどは、すぐさまそのままに陥り、そこで気付くべきことにも、気付かぬままに、与えられたものを信用する限りに自らは陰るのであり、そこに与えられる陽光などは、誰かを崇拝することで、自らも、輝いているかのように思い込ませることだけが、自らを超える手立て的な似非超越から、そこで卑下するほどに、自らの悲劇が今に舞い降り、今を苦しめることだけに専念し、迎合されることを信じる限りに自らのエゴを追求できないように仕向けるような体制から、退廃的な規律を生み出し、自由を法で囲い、猜疑心を生み出し、何かを苛んでは良心の呵責を破壊するような情報から逃れるべく、何も正しくないことからはじまり、そこでまじわるものが供給するような刺激的な優位さを生み出すだけの快楽の傀儡として生きることだけが、生きているに値するのだ、というジレンマが生み出す生きていることに現れる空しさを解除すべく、考えとは、自らがうながすことだけに洗練され、そこで動かすことだけが、現実味をおび、そこに現れる不安などはすぐさま消え去り、応じるだけの答えが用いるものなどは、正しさを押しつけるだけである。あらゆる答えは、大義を持たずに、大利を求め、何かをおとしいれることだけに専念する。捻出される正義が今に迎合されるものだけが、正しいものを用い、正しい行いへと移行させるのだ、という自己中心的な考えはエゴイズムにいたらず、ただ自らが生み出す欺瞞に陥り、自らの尺度が決め込む価値との距離感を失い、ただ与えられる影響だけが、自らを測る手立てである、という考えから自分で考えるという力は失われ、そこに用いられる喪失感に同意するような者と同率の者として崇められるだけの人間だけが、そこで同調することによろこびを感じるような安易なごまかしから、自らは安易な者として備えられた意味を、そのまま食することだけが、今に正しさをおび、そこで結合していくものだけが、何かをものがたるように思うほどに、補足される者として、或いは、そこで拘束され、与えられたものだけを食することだけに専念する餓鬼として生きることに与える憐憫がうながす情のようなもので、周りを麻痺させるような貪婪な者として指定された意味を、指定されたままに生きることをむしばむ自分を哀れむ者として生きることを、生かされているなどとうながす。