時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

夜の国


 砕けた眠りをかかえて、不自然な夢の中での寂寞で謳歌するような瞬間に感情とは弾け、そこで尊さなどを見つけ、渇望し続けるほどに、論理的なものにおどけ、ここで遠ざかるような面影などは、その場での感情に左右されるだけで、正しさとはほど遠いものであり、そこで利用されるだけの者は、代用品としての生き方を瞬間的な爆発をこしらえ、行動的な疎外感やら、孤独感に苛まれる以前に、ここでの生とは、不必要なものに囲まれている云々と語るよりも、ここでの生命的な飛躍をめざすのだ的な昇華よりも、ここでの静寂をたしなむように、過去にとむらわれるだけの思いに群れるだけの者から離れ、胸裏にひしめくドキドキが統合され続けるほどに、正常さなどはそこなわれ、損害などを訴えるだけの屁理屈な輩が這いつくばるような明日などから離れ、願い事などは、ここでの尊さを不要なものに変え、赤裸々に歌うべく、へたくそながらも、ここで響かせる思いだけが共鳴するような夜に潜む者がひそひそ話で語り続けるものなどに耳を塞ぎ、何かを変えるとは、簡単にするよりも難しくあるべきであり、そこでそこなわれるだけの生活に清潔感を求めるよりも、よりソリッドにいたり、寄り添う者を傷つけるような鋭さがなければ、そこで排除され、排外主義に犯され、何かを受け入れることを拒否し続けるようなナショナリズムに偏り、名ばかりのナショナリストは、戦争がしたくてたまらないような、はしたなさをかかえ、果てしない悪意をかかえこんでは、混濁する意識の中で受注し続けるものにしいたげられるような結末を徘徊しながら、明日のしあわせなどを願うことに吐き気すら感じるし、偏るだけにいたる者が示唆するものなどは、境界線を与え、後悔を埋め込み、埋め合わせのために何かを騙すことに専念するだけにひた走るような快楽主義的な開発から、自己啓発的な空疎な言葉が、似合うのだ、と彼女たちは、現実主義的な諦観に犯され、起きることにも嫌気がさし、この空想や仮想でしかない世界を確かなものにさせるための認識を執り行うためにインサートされるものや、衝動性に支えられ、欲望に狩られるほどに、欲そのものに狩られるだけにいたり、何かを借り続けるだけにいたり、ダレた主観から現れる醜いものが零れるほどに興奮する私は、不羈なマゾヒズムであるかのように思われても尚、その醜さにほれぼれするようでいて、本心では飽き飽きしているだけであり、あらゆるものが措置するものの退屈さが生み出す体系的な苦悩を取り除くべく、このベクトルは、散漫な怒りを拒否し、そこで等差を生み出すほどに補足され、等閑にいたらせるだけの虚偽をばらまき、共感などを謳うものに吐き気を催し、朦朧とする意識の過程が生み出すセンテンスに何度も刺されながら、脳内で純化される綺麗事などをきれいさっぱり排除すべきだ、と甘酸っぱい初恋などが訴える間にとむらわれるべき理想などを葬る先を考え、自らの意志のためにかなぐり捨てたものなどに未練すらもなく、ただひたすら進む先にすすり泣く者の哀れを感化させるだけのあいまいな言葉に削除されながら、この長い意味の中に沈殿していく意識は、沈み込むほどに、自らの孤独の中で静かであり、孤独の中で対話を続ける先に現れるものだけが、自らを昇華にいたらせ、そこで逍遥し続ける意識は、商業的なものに利用すらされずに自由なままであり、その自由すらも求めぬからこその自由であることを知ることから、自由という名ばかりの言葉を爆砕し、いっさいは、ここでのビッグバンを終え、無から汎用されるだけの不潔な原子や分子や、構造的な排泄から、掃きだめから引きずられただけの孤独な観念などが脊髄を通過し、ニューロンを破壊し、脳天を引き裂き、あふれ出る血の勢いで目覚めるような哲学だけが、ここでの倒錯を収めるのです、と硬質な者が騙るから、ここでの詭弁あふれるきめ細やかなノイズの洪水に流され、高次であることなどは、醜いものであるし、あらゆる好転を望むほどに、愛とはほど遠くなり、ここでほどこされるものに毒されるだけにいたる夜に唾を吐き、天使すらも潰えた後に神すらも捏造されているのだから、天使などは、はじめから存在しないのであり、ここでの神とは、人間が生み出した私利私欲の化身であり、何かの形式を使い、愚鈍な者を製造するための接続から、寛容を用いずに、何かを排除するための秘訣を訴える間に寂寥たるものは、騒々しいものにしいたげられ、ここでの正解などは、世界を世界として正しく認識させるための詭弁であることに気付くべきであるのに、君はといえば、君であることを諦め、あらゆることを否定し、批難し、自らの首を絞め、悲観的な快楽に浸るようなデカダンスに浸り、ひろがる世界とは、勝ち誇るための汚物をまき散らすだけの世界であり、あらゆるものは、ひとつの力へと引っ張られ、あたかも、自分の力のように扱うから、その力の扱い方も知らぬから、自らを引き裂く前に世界を引き裂くのであろうし、与えられ、あてがわれた世界などは、そこでの世界をあたかも真っ当で扱く自然なように魅せることだけに専念し、本質的な正しさを捨て、見栄えばかりを気にしては、自らの間違いも改めずに、誰かの間違いを正すべきだ、と拳を上げて叫ぶような輩もやかましいが、何もしないで、文句ばかりうながすような奴らもうるさいから、ただ、しじまにとろけるようなこの熱情が、表現や行動を越え、自由であることも忘れ、有限や無限すらも持たずに、うやむやな夜に消える。

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