時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

詭弁


 繰り返される夜が静謐さをたずさえ、世界性を徒に消費しながら、観点を疎外させるなどと堅苦しく狭めた言葉でカタルシスをうながしながら、ここにそなわるセンテンスのひずみに揺らぎ、停泊する理由は、束縛されるほどに、身体をかわかせ、フィットすべき君の肌も、どこか違うところで感覚しているような感じられる。送られていく情報とは、微かにニュアンスを変えて、私たちを麻痺させているのだ、とうながすのだが、所詮は、その情報に左右されている方が、楽な者のが多く、自らに理由を与えられず、与えられる理由に利用されることが、価値へとつながるのである、と言い放つほどに、即席の理由は、自由を謳いながら、自らをも邪魔に思い、情報の中へと倒錯していき、自分とは何であるかを考える前に、自らを価値として捉え、それを測るためだけに、ためらわずに何かを犠牲にし、誰かを否定しながら、自らをも喪失していくほどに魯鈍な者が売買を続けるのだ、とコミュニストたちは、過激な理想を建ててはみたものの建設的に考えるほどに、破壊的なものにおちいるという欠如を生み出し、自らを導くべき理想も、思想を混濁させ、掻き乱される精神は、自らをかきむしるほどに、自らを神として崇め、自らこそが正しいとうながすほどに、認識力とは奪われ、客観的に自分を見つめることすらもできずに、純粋な破壊へとおちいり、自らのニヒリズムを収めるための空虚なこころに嵌め込むべき理由たる思想をコードに変え、書き換えられ続け、自らを破壊の神へと変化させる。偶像崇拝を続ける支配的な者の物陰にたまる腐敗したものがうながすレジスタンスやらがやかましく、やらしいムードを称えるような繁華街におちいる闇ばかりが生まれるなどと謳うような独善的な者が騒ぎ立てることのが、よっぽどうるさく感じ、そこでがんじがらめになっているものが、かんじんかなめなものを見落とし、そこで対立するほどにどちらもおちいる闇へと吸い込まれ、自らこそ正しいとうながす保身のための言葉が、高揚感をそこなわせ、そこで確実に死に至るまでの風景をたずさえた絶望が、有する過程に価値を強請りながら、内面的な戦争から、専横されるほどに、現れる僥倖や、競合するほどに、軋轢は生まれ、そこで懸隔が生まれ、うだるような暑さの中で射止めるべき世界も、出来合ものを与えながら、それで満足すべきだ、と表紙に乗るような普遍的な家族という洪水に飲まれ、マイホームという閉塞感に苦しみながら、居場所を探し悶える君が焦熱し続ける先に現れるシステム的な現れに生まれる敵愾心などが、新たな闘争を生み出し、何かを踏み台にしながら、朦朧とした意識のままで、ちぐはぐな今日を終えるためだけに、絶えず続けられる生命とは、何を理由にして動くのか、と悩んでいる隙間にも闇は迫り、その闇の中で測られるだけの出来事に吸い込まれ、自らを未熟なままに措置し続けるような空しい言葉に砕身していくほどに、名ばかりのしあわせとは、そこでのしあわせを奪い、ただ次なるしあわせのために、空しい作業を続けるのか、と生きる定めとは残酷にも使命を持ち合わせておらず、ただ継続されるままに引き伸ばされるようなものであり、そこで生まれたペシミズムに飲まれるリリカルな少女の毒を飲み込んで、魂胆も引き裂かれ、ここで混同していく意識が、やがて根幹を腐らせ、感覚をも奪うような倒錯へとおちいらせる間に色あせる瞬間は、永遠に飲まれ、そこで無に変わるよりも、そこでの時間を永遠に引き延ばされ、そこで絶えず進行していく限りに乖離していく現時点は、理解を深めるよりも、そこで忘れるべきである、とうながすことに反し、そこで語られるペシミズムなどは、そこでの永遠性を深めるほどに、自らを深みに嵌め、その闇に引きずり込もうとするのであり、そこで林立する問題などは、提起されず、問題である前に、過去から流用されたものを引き合いにだし、今を苦しめ、永遠に引き込もうとするための詭弁を続け、追憶に潜む、もっとも暗い闇から引き落とされるだけの精神的な苦痛が安易な安住の地などを求め、理想を追い求めるほどに、理想との懸隔は生まれ、そこでの間隔を奪うための闘争が延々と続き、自らを傷つけることだけに専念し、デカダンな輩が見出す過去からの病から、過ちにいざなうだけの有用な史実に感応すべきだ、と言い張る答えなどのいっさいは虚偽であるし、そこに用いられた途端に、答えとは、脅迫的に迫り、自らを納得させる前に、その答えが、答えであることだけが重用なのだ、と強制し、そこでの答えに反することは、いちばんの罪であるかのように迫るような答えなどは、答えにいたる前に、答えであることの大切さだけを騙るだけであり、そこでの正しさなどは、正しいとされていることだけに通用するだけの正しさであり、それに反するものすべてを悪として捉えるような正しさなどは、正しさにはいたらずに、何かを蹴落としてまで、自らこそが、正しいのだ、とうながすような正しさなどに、正しさなどは生まれないの、だ。