昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

ルサンチマンの夜


 考えの奥底でなびく面影も、真理をそこなった物陰に潜む影に捕食され、自らがくみ取る善悪に犯され続ける示唆などは、そこでの考えに補完されるためのものを措置し続けるほどに、自らを魯鈍なものに変化させ、関係性に制度を生み出し、今に緻密なものをそこない、そこでの苦しみを背負うような義務を繰り返し、強迫的に繰り返し、屈折したものを思案し続けるほどに、苦しみとは、今を束縛し、代用品として、そこでの仕組みとして生きることしかできずに、出来合のものを信心するほどに、屈折していく意識は、内面的な縄張りの中で即席の自由や、束縛されるほどに増していく苦しさを氾濫させ、間接的に生まれる欲望により垂涎し続けるだけの今に酷薄なものを生み出し、何かを差別することだけが、自らを昇華させるのだ、と資本的な死へと組み込まれていく意識的な汚穢を増幅させるだけの嫉妬心が自らの内面に巻き込み、そこに現れる雰囲気を呪うことでしか、自らを正当化できぬような争いの中で拘束され続ける意識は、抑圧に耐えかねずに、体系から逸脱できずに、ただ生み出されるものを、そのままに受け入れるほどに、魯鈍なものに陥り、自らの価値の中で確執を生み出し、覚醒すべき今に理すらも生み出せずに、即席の理由を愛し続けるほどにやせ細る意識は、やがて死へと加速し、滅びるためだけに呪詛を続け、つたない意識は、自らの暴力性の中に現れる制度だけを絶対性として捉え、囚われた意識は、互いをとがめるための理由を絶えず補足しながら、自らの苦しみから離床できずに、自らの深い苦しみの中で眠れずにいる。あらゆる装置から取り外された意識は、法の外で、法を形成し、やがて自らを拘束するための法の中でためらいながら、絶えず進行する意識的なまじわりに疲憊しながら疎外感にふるえ、自らの孤独に敷衍していく恐怖に飲まれ、自らの十全とした正しさという狂騒に飲まれ、自らの不自由さに嘆き、カタルシスにいたらずに、徒に消費していく現実に補完され続ける意識的な界隈でなれ合うほどに自らが自らを破壊するための所有を求め、対象に求める愛から背反できずに、そこでの自由を謳うほどに、魯鈍なものに変わることの哀れみを謳うだけの独善的な輩がうながすだけの愛を愛として捉えるほどに、自由は自由ではなくなり、何かを独占するための愛が、絶えず苦しみを加速させる。死を往復する儀式的なものに拘束され続ける自己が、自らからも逃れたい、ともがくほどに、自らの苦しみに飲まれ、自らの閉塞感に耐えかねずに凶行に及ぶなどと謳うような性善説的な前提から逃れるために、悪とは、悪という役割を持たされる前に、悪であり、正義が生み出す悪とは違い、ただ、悪であるということすら気付かずに、凶行にいたるのであり、そこにいたるまので経緯すらなく、ただ、突発的に執り行われる儀式的な行為から、自らの死から逃れるための暴力的な措置から、配置されるだけの意味や対象などは、マテリアルですらなく、そこにリアリズムすらも欠如し、ただ、行われるためだけに置かれたものに対し、悪意をもって行為を行うのではなく、ただ、そこにあるから、そこなうものである、という行為の純粋さだけが、行為へと及ぼすことに善悪すらない。サイコパスと名付けられた彼や彼女らの慟哭を拾うようなニュースが徒に狂気をとりあつかうようなメディア的な快楽に垂涎していく者どものよろこびが氾濫し、そこで堪能する快楽こそが、いちばんの悪意であることすら気付かずに、何かを批判することだけが、自らの生きる道のように示唆する間に隷従するだけの支配的な何かから逃れるための情報や構造こそを排除すべきであるのに、キャピタリズムは依然として、自らの快楽に純粋であり、キャピタリズムとは、一般市民をサイコパスに変える機械であるかのように思い、ここでそこなわれる限りに陰る真実すらも虚偽であるし、やがて、清潔感を求めるだけの普遍性などが、生活を保つために、或いは、自らを誇示するために着飾るような風景が脳内を占拠し、そこで保身を生み出し、くみ取る是非などは、何かを騙すための畜生どもや、クズどもが奴隷にするためのコマーシャリズムを垂れ流すための迎合などを生み、そこで取り繕われるものに取り憑かれたものがゾンビと化し、自分の意識を失い、街中を徘徊し、喜怒哀楽すらも奪われ、のうのうとちんたらと蓄積される苦悩にも気付かずに無感覚で不感症のままに、感性を捨て去り、去りゆくことだけを思い返すような画面の中でのしあわせそうな風景に遭難しているような一過性の快楽の傀儡として、一貫性を持たされ、ただ、同じサイクルで債務をかかえ、最たる意味を忘れ、再現され続ける同じような日々の中でいびつなものを形成しながら、軽薄な者として、あたかもしあわせそうに普遍的な日常を同じように繰り返すのだ、と言い放つようなルサンチマンをかかえているような全体主義に反するようなマーチの最中で生み出すべき思想も枯れ果て、何かに左右され続けるほどに、査定され、婚姻へと引き込まれるほどに、補足される理由とは、法則的な苦しみの中や、宇宙の十全とした規律の中で、惜別を繰り返しては、自らの苦しみを往復するほどに、ここでの苦しみとは加速し、そこに用いられる領土を保つための戦争だけを続ける。