時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

相似するさえずり


 憎しみを緩衝させるための舞台で続けられる演技が独善的に迫り、狭い価値の中でカタストロフを謳い、絶えず巻き込まれる思いは、心理的な汎用性に接続されるあらゆる流通的な消費から、流行的なカラーや、懐疑的な日々に帰結していくだけの貪婪で鈍磨な意味が枷に変わり、世界を狭めるだけに至らせるような遅滞から吐き出されるものに迎合され、感情的な束縛から、寂寞に放たれる結ぼれや、契約的な愛が灰燼に変わり、観点を疎外させ、さいなむ意識がバビロンの中で葬られることだけが、正義さ、と語られるような連関から、還元されるだけのニンゲンとし、次元的なものに囚われ、時間に取り込まれ、簡易に消費されるだけの堕落した身体がフラクタルになるまで交わるべきだ、と是非を問うほどに、統合され、盗用されるだけの今にシンクロし、神秘すらも損なわれ、ちょこざいな罠に嵌まり、蔓延る悪意に追従され、意識的な奴隷として、冷然とした態度で退歩し続けるだけの政治的な化合物であふれたバビロンが興じる快楽的な祭りで崇められるだけの偶像の神として、改善されない悪意をアクメへと至らせるための退廃的な呪詛を続けるほどに増していく矜恃がある、と狂気をかかえたデカダンスどもが吐き出す革命前夜や、迎合されるための意味で掻き乱された機械的な怪人がさまよう堕落した夜にフラクタルであるべきなのだ、と倫理観が伐採する聳立した意識から回転し続ける意識は、意識的な汚穢を薄命なものに変えるのだ、と惰性にみちびかれる意味合いに卑屈になればなるほどに、バラバラになり、担う意味に撲殺され、等閑なものを運び続けるさいなまれるだけの今に欺瞞はあふれ、慢性的な痛みに攪拌される精神は、正否を用い、何かを批判的に繰り返すだけの言葉にとざされる。持ち出される言葉などは、意味に色を付けることもできずに、何かを定位置に置き、そこに等差を生み出し、独裁的なギミックで破壊するだけに至るような言葉に意味を持たせた途端に、何かを破壊するための経路を歩き、帰路すらも失い、何かを破壊するための止揚から信用を謳う宗教的な強要から、競合すればするほどにすれ違う痛みに擦れる現在は定理を持ち出すほどに、用いられるものにいらだち、いびつな精神は敬神を用い、関連するものに神を融合させ、崇めることを強要することから、行為に孤立する敬神は、正否を用い、何かを支配することに重点を置き、束縛される精神は、形成される罪の奴隷として、憧憬に至るだけの徒な消費に退嬰的になる精神は、担う意味が似合わぬから、と着替えるほどに孤立していくことを恐れ、何かと同化し、場面で正当化されるまで過失を繰り返し、売り買いされる精神にうとましくからまる今に意味を求め、犠牲的な精神が背反に至らずに、何かに従うほどに増していく快楽に改ざんされ続ける精神が整合される隙間に色彩すらも奪われ、うちひしがれる彼らがかかえた時間に支配され、芝居を続けるほどにつたない意思に蔓延る悪意から、あいまいなマインドに措置される今に乖離していく意思は、懐疑的なままに飛躍もできずに、出来合のものを信仰し、行為に比重を与え、満ち足り無い今にさかのぼる意味が真意を損ない、喪失感にひたり、悲観的ななれ合いから、内示されるものだけが、ここでの正当性を用い、何かを正当化するのである、という幻想から抜け出すべく、ベクトルは、正義を謳う前にたゆたい、絶え間ない軋轢を終えた後にあいまいに示唆するものが市販され、最たる意味が劣悪なものに変わり、それを生産し続け、それを消費することが価値であるのだ、という哀れを謳うよりも、そこで補足されるものなどは、何かを補正し、制することだけに専念し、捻出されるものこそ正義であり、そこでこしらえられ、硬質なものに変え、交わされるものが、そこでの正しさを演じきることだけが誠実なものであり、制限を超えずに、普遍的に流通される恋を消費し続ける正気なものである、という凡庸で汎用されるだけの主義や理想が打ち立てた罪深き正義が犠牲にし続ける純粋な理性を制することだけが、ここでの正義を保つ秘訣であり、悲観し続け、そこで儚さに溺れるべきである、とうながすような資本主義的な哀れみなどに即される充実感の麻薬に依存し、引火し続ける精神は、いぶかる先に殺めるものを措置し、配備される愛などは、配膳されるだけの餌をむさぼり、そこに混ぜられた麻薬により、もっともっと、と求めるような貪婪な家畜として、価値観を持たされ、麻痺した迷える子羊として、諦観し、訂正されるだけの日々に意味も求めずに蓄積される苦悩をさまようことに酔い痴れるペシミストとして迷うべきだ、とうながすような神や正義などの犠牲にならずにならず者のままに進む。