時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

季節とは枷になる


 諸元に沈む昨夜にシンクロし、そこで苦みをおびてく瞬間は、何かに怯え、循環させるべき今を永遠性に閉じ込め、恒久的な苦しみへと美化させるための還元を求め、感じることを拒否し、肥大する苦悩や、結われる先々で面影も眩み、疎外感にふるえるだけの惰性な人々が墓地にたむろし、体外に果てる思いは、収納されるべきスペースを求め、誰かを射止めるために依存的な進化を遂げ、とっかえひっかえに着替え、危害を加えられる身体は、みすぼらしく老化するのだ、と若者が浸る悲観的なプロセスをオペし、そこで終えるものなどは、どれも後続されるための瞬間を信号的に捉え、途絶えるように老化するのだ、というよろこびを見つけ出せずに、そこで苛むほどに最たる意味とは損なわれ、そこで応じるほどに堅持する意味へと引っ張られ続ける意志とは、何かに純化されるために世界を憎むことだけに専念し、厭世観に浸るだけで、配される愛に黙することもできずに、何かをとがめることだけが、存在価値を織り成し、押し込まれるだけの今に欺瞞を続け、追憶に比する価値に貧するだけの過去が継続した答えを引きずるままでは卑近なものにおちいり、問いの意味すら失われ、鬱々とするだけに至るし、いびつな信念が神経を痛ませ、いぶかる先に浸透する今に応じるだけの答えは、対価を求めるばかりで、真実には近づきもせずに、センチメンタリズムや理想論などをうながし、自由である事に現れる消費的な現在に適任するための因果に帰結するためのためらいを生み出すことだけが、ここでの価値を捉え、本質的なものに近づき、何かを誓うことで堅持するだけの今などは、犠牲的なものを孕ませ、不満を生み出し、不安をうながすだけの安易な接続を続け、つたない意識は、そこで引きずるものに神を見出し、何かを崇拝することでしか自らの価値を見出せぬような苦しみに疎外され続け、つたない意識は、儀式的なものの生贄として捧げられ、再発する痛みに耐えかねずに体系化される今に欺瞞を用い、体制にこびへつらいながら、辟易するだけの意識は、自己犠牲こそが正義である、と断続する風景で断裂していく自らを傍観し、暴走する真理は真実をねじ曲げ、自らの意志に偏るべきだ、と軋轢を加え、完全性を求める善政などが誠実さを用い、求めるだけの過去にひざまずき、満足を求めるべきだ、と言い放つ。求める満足とは麻薬である。追い求める意思は求めるための意思に屈従し従事するほどに満たされない思いに引きずられ、何かを買い求めるほどに満たされない思いにさいなまれうとましい自己を誇示するためのたくらみからはみ出せずに現れる原因に買い取られるだけの軽薄な身体を補完するための善用ば言葉が排出する同情的な言葉に擦り寄り、自らを正当化するためのためらいをそこに生み出し続ける。あらゆる苦しみを利用するだけの価値は、カタストロフに至らせるために横行し、応用されるために手向けられるものにとむらわれるために延々と同じ動機の中で姑息なバカンスに出るために囚われるべきだ、と惰性にみちびかれるものが吐き出すエゴなどは、悔悟に下にたむろし、邪推を重ね、枢要なものを求めるほどに、自らを偏執させ、傲慢な者へと陥らせるのだ、とニヒリズムが語るころには、すべては破壊されるためだけに備わるものだ、とうそぶく間に本質などは損なわれ、喪失感に揺らぐだけのシンプルな終わりを引き出すほどに自らに保持されるものとは卑近なものに変わり、悲観することでしか関することのできぬような否定的な諦観から停止し続ける意思は、自らの意志を持たずに示威するほどに意識とは、そこで汚され、断続するものへと巻き込まれ、自らの意思をねじ曲げていく。いくばくかの可能性を用い、失せるための希望に同化するための心音が引きずる世界などは、どれも壊され終わらせられるための価値を与えられ、そこでの価値に与えられた答えに連関するためのなりあいになれ合い、内示される認識に愚かさを重ね、濾過すべき今にも功罪を与え、保たれるべき均衡などを用い、平等などを謳うころには、すべては藻屑と化し、透過されるべき今も原罪をかかえ、諸元的なものを損ない、喪失感を重ねるだけの淫蕩な世界は、席を取り合うために絶えず求められるだけの場所で、同じような原理を弔いながら、同じような意味にとどまり、肥満化し、不満足を謳い、不満をうながし、不安におちいることでしか、自らの存在を認識できぬような価値の中で勝手気ままにうごめくべきであるのに、その場に現れる監視的な価値に無価値さを植え付けられ、与えられた存在であるという誤認から、公式なものほどあくどいものは無いのに、そこで陳腐な価値をまさぐるための答えに立ち向かわずに、現れる価値に吸い込まれるだけのあいまいな現実に堅持する意味などは今に退廃するだけのものであるし、そこで物々しくかかげられたものなどは、かかえるべき罪であるなど、と包括すべきである、と宣言するような者のたくらみの中でしか働きを加えずに、何が自由かすらもわからずに、自由の中で従属し、そこで囚われるための自由を求めることでしか、自らを羽ばたかせぬような者に現れる自由などは、自由に至らずに、そこで何かに浸ることだけが、自らを需要のあるものに変えるための贋物の価値の中で、自らを浄化できずに、カタストロフに至らせるための経路を自らにつなげる。