時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

緩慢なワルツ


 その純粋さもいつかは潰え、そこで失ったものを求めるだけの日々を確かなものに変えうるようなものを追いかけるほどに、迫る老いからは逃げられぬ、と泣き叫ぶコウモリたちや、化石に変わるだけの過去を掘り起こし、思い出はここだ、となだめるだけのフクロウや、加速する時間に置いて行かれ、その場でひしめく意味をかき分けるほどに応じる言葉によりねじ曲がる君の恒久的な苦しみに渇する思いは、枯渇すればするほどに、求めるための欲を加速させ、意思に枷を嵌め、世界を認識するほどにそこでがんじがらめになり、担う意味の重さに敗残し、介する間に理解は凍り付き、こじれる後先であいまいな毎日を育てるだけの惰性さに性差を用い、計算されるための日々にニヒリズムが横行し、ここで覆われる意味とは、その場で怖じ気付けさせるための偽物の者どもが理屈を並べ、こじれる後先に宛先を残し、そこでの思い出にまじわるほどに、味わうものとは淡泊なものに変わり、感覚に等差を与え、測る事をおぼえたが最後、そこで与えられる影響とは、用いられる価値の中で測る愛のために絶えず体系化され、メタファーを持たずに直接的な言葉で、配される間とは、実体すらも無く、そこで存在を損なわせるために解決される鈍磨で緩慢な楽園を形成し、永世中立的に求められる国家を織り成したが最後、交換される後悔に汚れ、行為が示す愛が猛威をふるい、憤懣を溜め込み、用いられた世界を灰燼に変えるための戦争が横行し、そこで加速する意思が何かを破壊するために独善的な手法で隠逸しては、何かを裁くために孤立することに孤独感を増し、飛躍できずに、そこでの約束を守るために摩耗する精神が魔物と化し、懐疑的なほどに偶像崇拝に至り、何かを神として崇めるために何かを殺めることを厭わずに、元来その場に備わるものを神が導いたかのように示す値から、関わりとは、この場での不快感を増していき、そこで応じるだけの君は、呼吸することすらも神に仕向けられたもののように勘違いする段階に示される差異から、求められる感情から独立できずに、均一なものを裁くために絶えずのさばる言葉が行為を締め付け、そこに使命感などを孕ませ、論難などを用いながら、率いる出来事すべてを否定し、悲観するだけのペシミストどもが横行し、よくしゃべるほどに、抑圧され、抑鬱を重ねては、有することに抑圧されることで快楽とは増していくのだ、というマゾヒズムに至らされて、罪の意識を他者にまで与え、何かと比例し、批判されることを恐れるだけの窮屈な理想などは、思想などでは無く、そこで思案されるものなどは、何かとの対立を深め、誰かを陥らせるためにうそぶくような結末に改ざんされるだけの日々は、打算されるものや、加算されるものを認可するためにこじれる後先に転じて行く苦しみに枢要なものや、須要なものすら無く、改善されることも無く、そこで悲観し、貧寒なものに変わるだけに至らせるような徒な取り組みから、リリカルなものを持たずに、貸し借りだけが退屈を恒常的に生み出し、ひるがえすどころか、ひるむだけの精神は、敬神へと浸り、支配されることで理屈を綴り、伝わるものを介して、自らの言葉のように放つ間に現れることにあらがえずに、何かをしたためる。絶えず現れる苦痛とは、普通の傀儡である、と対照的なものに反し、関するわざわいの中で喪失感をゆだねるよじれる過去から、恒久的な慈しみを放つ木漏れ日は、愛を語る以前に、ただ行動で示すことだけが、愛のように語られることよりも、自然に現れるものが、そこでの正しさを語らうことにより、愛とは名ばかりのものに変わり、現れる価値に複製されるような行動だけを確かなもののようにして崇める行為だけが、確かなものなのだ、という誤認を超えて、退廃的な呪詛を続ける鳥たちの故郷へと帰還し、起案するものなどは、どれも物物しいものであり、用いられるものなどを察知するほどに、刷新されずに、進化を否定し、悲観するだけに至るような敬神から、介する間に利己的な高慢さをしたためるだけに認識などは、関する間にわざわいを用い、何かに反することもできずに、答えを持ち寄り、何かを崇高なもののように愛することすらも、言葉を用い、放たれるものが与える名により、イメージとは、そこで膠着し、ひるがえすこともできない答えがないがしろにした瞬間に主体性すらも損なわれ、そこで覆われる名により、意味とは、光を失い、ロジカルなものに狩られ、そこでの意味に制限を加え、自らを不自由にするための規律から逃れるための自由を求めるほどに、不自由にさせるための規律が迫り、制裁を加えられ、自由であることとは、何かを不幸にするのだ、という認識から、語彙により、体系化されたものに結合されるための答えが体制にこびへつらい、自らを正当化させるために斡旋を続ける。