時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

多産されるもの


 へだてるものも持たずに名前すら捨てて、消え去る隙間に生まれる断続的な暴力性が制度を打ち付け、つちかったものすら簡単に破壊するのが政治的なゲームの責任なんだ、と君が責任転嫁しては、なすりつけられた後に残る者をひたすらにけなしながら、蹴落とす場面などに聡明なものすらないから、昔話の中で空しくおさまるだけの君が破裂して、宇宙の塵に変わり、理不尽な愛の結末や、迎合されるほどに契約的な制約から婚姻とは愛を破壊するだけに至るのだ、と遡及されるしあわせなどは、形だけであり、形有るものを保つことの何が悪いの?となげかける魯鈍な結末に滑落するための答えを待ちわびる君もマシーンの一部だし、分裂していく瞬間に純化していくものもなければ、そこに現れるのは受難ばかりだ、と性善説カタルシスに変えるために正当性を保つような宗教的な保身などのいっさいは捨てるべきであるし、そこでの世界を保つためだけに保たれる答えなどにもたれかかるなんてクソみたいな結末しか生まないから、運動的にうごめくものの哀れが伝うだけの現場などは破壊すべきであり、あらゆる原理とはゲリラにより破砕されるだけだし、打算的に動くだけの機械的な論証から、論理的に補完されるもののすべては支配的であるし、あらゆる価値とは、そこでの価値の聡明さをとどめることもできずに、ひとりよがりなものになるし、結末とは、ただ終わるためだけの汚穢を垂れ流し、僕がめざすべき天の邪魔をするし、過ちばかりを押しつけるだけの過去に生きる顔のない者どもの偏向した意識がつかさどる正当性などのどれもは間違いである、とはっきりと言い切れるし、言い出したら最後、否定されるだけに終わるような結末などにたまる汚穢に満たない答えなどは、汚いものと認識する以前に、そこに現れるほどにあいまいな収斂を続け、世界征服をもくろむ独裁者を自らのペシミズムにより生産し、井蛙な者が続ける性悪説から、正道を歩まずに、あいまいな原理に打ち込まれるミサイルや、未済の結末に支払う義務を迫るだけの簡単な処理から、証明されるもののほとんどは魯鈍なものを生み出すだけだし、ここで奪われるものなどは、何の生産性もない、と合理的な者が騙る利便性から、理性すらも制された後では、理性としての働きを生まずに、ただ現れるものを否定的に破壊することだけに専念し、増幅する憎悪から、悪趣味な主体性に収容された存在を傍観するだけの君は、危機感を謳うだけで、自らの不安を拡張するほどに宣言とは確かな脅威に変わり、君のしあわせを破壊するでしょう、と謳うような先々でからかう看板を突きぬけ、間奏に迫る感動屋どもが磔にするための神が謳う正しさなどは、端的な理由を破壊するために過干渉しながら、感覚を狂わせ、管轄を飲み込み、陥落するためのためらいから、短絡的な動機をすなどるための輪唱から、死を教祖に変え、建設的な妄想で朦朧とする現在に悲観的な者が簡素なタナトスを呼び覚まし、自らを破壊することで終わる世界を巻き込むために無辜な者をもおとしいれるようなテロリズムがロジカルな罠を生み出し、加算される原理で荒れ果てた原因をも飲み込み、そこで加勢されるものが生み出す寡占するための独裁から、統計的につかさどるものが、ここでの平衡を願うような殺戮から、散漫な形式が呼び覚ます歌を歌い上げる歌姫と同化し、デフォルメされた悪をすなどるだけの幼稚なたくらみから、大義を持たずに、ただ破壊するよろこびを助長するのは、破壊を模倣するような仕組みであるのではなく、破壊的なものとは性質が生み出すものであり、もとから破壊的な者か、自らの意思を持たずにただ流され易い者のすべては同調することにより簡単に暴力的な者に変化し、変換されるための価値から、そこに現れる距離に生まれるひずみがリズミカルに幼稚な搾取を叫ぶころには、ほとんどの混沌とは簡単に反響し合い、互いを破壊するための手口を思いつき、次々に敵を生み出し、敵を磔にし、憎しみを増幅させ、幸福とは何か?とうながされるためだけに絶えず派生する苦しみを輪唱しては、もっと欲しい、と保身が叫ぶころにはほとんどは足りない、と叫びだし、盛んに訴えられるものなどは、うとましいものに感じ、頓挫するだけに至るような現在に卑劣さからアノミーは加速し、身を滅ぼしても尚、依存的に求めるものが加速し、用いられるものをも飲み込み、終わらぬ欲の道具として、自らを捧げるだけに至る。