昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

警醒

深く洞察し、静まり返る意識が氾濫し、維持することすらままならぬ精神ならば、その場でバラバラにし、一切は何の役にも立たぬようなものが示す理により懈怠し、退廃的な対価を持ち寄り、快感などに至るためだけに保たれる欲との乖離に耐えかねずに、何かを支配し、芝居じみた演技を続けながら、誰かを手懐け、正しい者を演じる先には、正しさなどは損なわれ、そこで同じような繰り返しが定める酩酊により、見えにくくなるようなものども、と酔いしれる元々の価値に擦り寄る先に寄りかかる意味の中で加算されるものや、そこでまにまに迫る意味の合間に現れる動機がドラスティックなものに変わり、妬むだけの人々が従え虐げる者が求める潔白などに、何の潔白があるのか?自らの正しさを利用して煽る馬鹿者が屠る毎日が示す退屈な自己啓発が軽薄なぶん、いくぶんはマシだから、と機械的になり金を神として崇める先には拝むばかりの馬鹿どもが、閉鎖的な日常に引きこもり、加算される原理をゲリラに変えながら、研鑽されるために改造された心身をながめる自分との乖離に耐えかねずに、懐疑的になる日常で引き合いに出される過度な加工をほどこされたバイブルを読み込むほどに、正しさなんてやつは、正しくもなければ、正しくない、といけないかのように強制するばかりだし、Siriに語りかける独善的な声が憂鬱に反響する狭い部屋で聞く自分の声とは他者の声のようで、そこで繰り返し語りかける日常的な会話の境域には、狂気がそなわり、遭難し続ける意識は情報が吐瀉するものや、自分の排泄物のような文字や言葉に覆われ、時間と競争の中で、教祖なんかを見出して、あたかも自分と同意見のように仕立て上げるような空疎な闘争の中で統制される者に支配されたいがために、愛したフリをして、騙し騙される間に恋焦がれ、誰かを愛するように自分を愛するほどに自分を見失い、弱体化する自分と、自らの脆弱性により情報を流出させる曖昧な毎日の中で狡猾に包括されている、この空間の中という、この曖昧な間に葬られるばかりの今に群がる常套句のようなものが、普遍性を謳い、ただ正しくあるための規律の中でしか使命を果たせぬようなものに、何の正しさが生み出せるのか、と。