昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

収まるもの


 意識を先々につむいでいく。思う浮かべることがシンクロし、リズムを感じながら、幾重にも重なる生きた観念から、生じる由縁だけが、世界を正しいものとして認識し、そこで想像することだけが、さえぎられることもなく、自由に羽化するものだけが、ここで成立し続ける思いを敷衍させ、こしらえられる日常に反し、わざわいもなく、おもむくままに進む限りに陰ることもなく、ここで呼吸を繰り返し、心情を吐露する意味のリフレインや、因果律に反し、窮乏していくほどに、魯鈍なものを疎外し、ここで生まれるものだけが、井蛙な者をしりぞける。ただ忘れ去られるほどに、快感は増していき、運命的なものにちぐはぐになりながら、自らの意志だけで進む。ただよう意識は、空間に反し、時間がもたらす悲劇などは、単なる数字的な恐怖と脅威の間で浸食していく痛みを倍増させ、売価を求めるだけの日々にエゴイズムを加速させ、自らの正しさだけが堅持するものを加速させ、そこで足かせに変わるようなものが示す意味にとがめられるほどに反する意識は仮象されるもの生命を吹き込み、感情のままに恐れを破棄し、境目も持たずに、もたらされるものに左右されず、ここに現れるものが呼吸を繰り返し、自らの生を輝かせ、干渉する間に卑劣な波動を手にし、同族嫌悪をを謳うだけのうっとうしい日常が加算する原理などは、陸地を持つから、そこに生み出される境界に入り込む者に利得を押しつけ、倫理観の下で抑圧を重ね、感覚を損なわせるためだけにためらわずに侵入していく者が、支配を続けるだけに満たない幼稚な企みから、ここで固執するものだけが兵器利用され、個性をそこないながら、個人的な憂鬱を謳い、様々な思惑に入り交じる理不尽なものや、俯瞰に攻め入り今に供給される苦しみなどを旋回し、意思的な戸惑いにとどめを刺そうともくろむ間に悲劇的なものに適任し、そこで悶絶し続けるものが間柄を破壊し、聡明さを排除し、ここで破壊されるだけに籠もる意識は、背景に生じる兆しを知らずに、そこに現れる憎悪だけを加速し、そこで加工されるだけの不安の餌として、今にしいたげられるだけにいたる意識は、痛みを知らずに、白白しく迫るものにとがめられることだけが快楽のように感じるのだ、という被害者意識的な快楽に偏りを示し、そこで閉め出される今にオーガズムを求めるほどに、とめどない痛みは加速し、常用するものに葬られるだけの拗れる後先に宛先もなく、そこで同封する意味が不謹慎に品定めする間から卑劣なものが加工され、ここで愚行を重ねるだけの演技的なキャピタリズムが謳う理想に事足りるものなどなく、そこでカタルシスをうながすだけの損得や善悪が悲劇を加工し、恒常的な苦しみに憎しみを加工し、ここでよじれる意味が悲嘆に暮れ、空洞化する意識に嵌め込むべき理想などを求めるほどに今に隔てられ惰性なまなに処理し続けるものだけを求めるだけの理想に支配され、仰仰しく用いられるものが用いる恐怖に支配され、高く飛ぶことを知らずに、そこで答え合わせするものや、合わせるままに生み出される悲劇や、貧寒とした意識がかかげる理想の強要がもたらすものに拘泥し、そこで構成されるままのものを愛することだけが、愛するようなものだ、という勘違いだけが歓喜を生み出し、そこで強要され、正しいもののように扱われ、何か正しいもののように思い込むほどに、正しさとは強制的に入り込み、理想を供給するほどに、強要される正しさは権力を持ち、そこで用いられる権威だけが、物事の正しさを堅持し、管理されることだけが、自らのよろこびを生み出すという麻痺した精神から、緩慢に作用する悲劇を模倣するだけの意思が生み出す汚穢や、攪拌される先に鬱積していく意識は、支配されるよろこびだけを加速させ、そこで鬱積するものがデリカシーもなく入り込む辺りから、悲劇は加算され、自ら生み出す苦しみだけが、今の使命感を生み出すように感じさせ、ささやく意味がうそぶく今に気配を生み出し、加工される意味から、可決していく苦しみが票を集め、正しさは間違ったほうに進むことだけに専念し、持たされた真理をかかげ、ここで生じる由縁を支配的に押さえ込み、そこで収められるものだけが、正しさを謳い、専横するだけにいたるような価値の周辺にもたらされる伝統を破壊することだけが、次々に越える意味なのだ、という勘違いから、ファシズムは加速し、そこで清貧を用い、自然回帰を謳うほどに、自然からは懸け離れ、そこで自由を用いるほどに、自由の中での自由に収まり、不自由さを再発させ、自らが発する苦しみの理不尽さにうち負かされ、そこでの空白を埋めるだけの意識的な公約や規約を用い、構築されるものが示す今に境目を用い、そこで謳われるものに長じるものが模倣し続けるような正しさなどは、ただ惰性に続いていただけに満たないものを抱くことだけが、ここでの正しさを活用し、自らを正しいものに変えるなどという妄想を模倣し続けることにより、自らとは喪失していき、ほとんどの影に変わる。