まあええねんと、見上げる空が明るくなるまで、くるまる毛布。加算される季節は朗らかなようで、世界性を強請り、強奪されるだけの思いが遮る日常の不安定さなどを、安定させようと思えば思うほどに、すべては歪み、偏りを示すんやと、孕む一日が、ふあふあしよってからに、憎しみも膨張しよるから、寄せては返す問題が、すべてを連れ去って、些細なことで空爆しよるし、勇敢さで屠られる肉体は、甘美に裂かれて、ユンボなんかで掬われて、楽しみなんかあらへん言うて、変化なんて、鈍麻で貪婪やさかいに、最たる意味もチクチクと痛むし、冬に比喩は死滅するんやと、寄生的なワテらが、濫觴させたもんによって、被害者意識が枷になり、羨むことでしか、生きてることも認識できへんらしく、あてもあらへんから、風なんかに酔いしれて、変化も恐れんと、なんもかも忘れて、覚えてもしゃーないことばかりやし、答えなんて権力的なもんが、ずさんに生み出したもんが、散財させるために、欲を孕ませよるし、言うことなんか聞いたことないワシは、猥雑で破廉恥な衣装に着替えて、豊かさなんかを謳うドラスティックで、一貫性もないような俯瞰に寄生するよりも、気配を拡散して、どこにでも居るように示す値から、今に締め出されて、批判されても、勝手気ままに殴り倒すんが摂理であるし、あらがうからこそ美しいもんしか見てへんし、汚いもんも、よー見たら綺麗なもんに変わるし、関わるほどに汚れても、汚れるのは自分次第やし、なんか世界を変える言うて、偏りを示すだけの思想は、意固地になって、暴力的にカスタムされて、貸し借りばかりに忙しなって、馴染むように犯すだけの成否や正義なんか、なんも正しあらへん。