軽率な君たちのグルーミング、乱立する祝福に包まれた規約、不吉なモーションが踊る中間地点、じゃがいもの枕で眠る子供たちや、ミサイルが降る夜に愛を告白する人々、分裂していくだけの週末に生い茂る憎しみ、真理を駆逐して、セオリー通りの恋人たちや、耽美な結末を修復して行く彫刻家たち、あらゆる悲劇の後ろや、誰かの苦しみの最中でも、確かな幸せが訪れ、目的地もなく、ただただ、彷徨う利己的な冬、比喩によって、粉々に砕けてしまった午後、何かを変える気概も無くて、文句ばっかりたらたら垂れて、争う先に現れる憂鬱に飲まれて、濁流の中で、混沌として、栄華に囚われ、ねつ造されたものに、付き纏われて、そのうち、ウソですら、真実のような顔をして、健気な者から強請る理想や、数多の苦しみを引き継ぎ、面影や、かけがえのないものを引きずりながら歩いては、手懐けられる事もなく、自らの理だけで、超越し続ける先々で、背徳なんかを謳う奴らに便乗しては、物事の割合や、物憂げな表情の裏で、取引されるものや、虐げらて行くだけの日々に、取り残されてしまい、しばらく痺れた無機質な日々を、既読無視しては、視神経に入り込む虫たちや、私の初期衝動を巻き込む死とは、折り畳まれ続ける事であり、折り畳まれ続ける先では、さらに、折り畳まれる事により、死を深く認識し、折り畳まれ続ける事で、さらに、死を深くし続ける先に現れる光に吸い込まれ、私が、死を越え出た辺りから、死は、死である事を取りやめ、新たな生の背中に貼り抱き、死は生を超越し、生の前に、飛び出た死は、自らの死を、飛び越えた事もわからぬまま、新たな生を出迎えては、何事も無かったかのように、演じ続ける先々では、新たな生が、死をも乗り越える生からも、飛び出て、自由に羽ばたく事により、あらゆる喜びが敷衍し、行き過ぎてしまった死を引き連れ、新たな生で、死を覆い尽くし、死とは、通り過ぎ、行き過ぎて行く事により、その、悲しみや苦しみを乗り越え、絶えず能動的に葬ることごとくを飲み込む生が、横暴な死を引き裂き、卑屈になる事なく、ただ、絶えず引き取る死を葬り、ただ、現れる生で、死を巻き込み、不自由である事を謳うだけの、自由を叩き壊し、自らが自由だと思うものを、自由に選んでは、ランダムな死が生み出す市街戦や、街路樹に吊るされた、無惨な敵の死骸や、提言に基づいた幸せなどにより、生まれた戦争により、絶えず生まれた死や、食べられるために、産まれた家畜が屠殺されては、生きるためだけに、産まれた私たちが、生きるために食べる事により、絶えず死を生み出しては、そのサイクルから、はみ出せもしないから、絶えず生きるためだけに、食べるという苦しみから解放されるための死よりも、ただ、生きたいと願うからの、生により、ありがたみを感じながらも、がんじがらめになる今に定めもなく、徒に過ぎ去る日々の中で、かけがえのないものも、掛け違えたり、掻き乱したり、履き違えたりしながら、至らぬままに、散り行く。