時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

演じられる者


 生きることで持ちかけられる問いかけも、どこか遠くで浮遊するようで、ここに備わるだけの存在を粗雑に扱い、未明に消え去る思いが俯瞰を攻め入り、空間的な渇望を促す時間に支配されるほどに魯鈍な者に陥るような感覚が、軽薄な思想を形成し、ここで加速する純真なニヒリズムから諦観を謳う仏教的なカタトニーに陥り、運命論に緊縛され、機械的な幸福を求めるだけに専念するような人間性などは精度を損ない、自らを測ることだけに専念し、誰かとの距離や虚偽を用い、何かを諦観に追いやることでしか、自らの価値を見出ずに、その場で配する愛や、背景にそぐうだけの人間性や、解決できない思いを加速させ、ここで波状するものに飲み込まれ、混濁するだけに至る精神は、今に痛みに耐えかねずに、体感する痛みに改革を用いるほどに、改悪されるだけに至り、今に欠乏し、関係性に制約を用い、観点を疎外させ、人間的な疎外感に震え、世界観を失い、浮遊するだけの精神は、そこでハッキングされ、慣性を失い、さまようだけに至る重さも軽さもなく、そこここで苦しみを理論的に解消するだけの科学的な伴侶と共に、弔うべき理想も、今に流浪を重ね、飢渇するだけに至らせるだけの答えの中での空疎な抱合から、放浪し続ける先々で対立を深め、憤懣を重ね、絶え間ない苦しみの中で加速するだけの痛みに置いて行かれるほどに、何の苦しみかすらもわからなくなり、何を理解し、今に現れるものの認識を深め、ここで定理されるものがリリカルなものに変わり、片割れを探し、さまよう君の恋心も、ここで濾過されるだけの孤独な企みも、そこで嵌め込まれるだけの理由の中で裁かれることを傍観するような離人的に傍観するだけの現在に卑劣な意味を授け、そこで停止させるべく促す定理が、怜悧なものを損ない、そこかしこに現れる苦しみを表現することだけに専念し、宣言の中でのみ機能するものが本質をたずさえ、確かな動機に加速し、化合されるほどに違う影響を与える物質としてさまよう悲劇の中でのあいまいなアカデミズムから、官僚的な支配から、成敗を授けるだけの値から、ここまでの動機をクローン化させることだけに専念するのが、国家的な麻痺を培養させ、何かを保つために王国は必要であり、統治されることだけが自由を邁進させ、慢性的な痛みから解放するのだ、という幻想を植え込むことから始まった人類史などに経路などなく、その場限りの快楽に浸るだけの現時点を保つためだけに均等と平衡を祈る祈祷から、儀式的な汎用性から、世界は軽蔑されるためだけに世界として存在することだけを誰かに認識させ、誰彼かまわずに革命へと移行させるためだけに恨まれ役を買うのである、と笑みをこぼす間から、あいまいなマインドは、幼稚な理念を即し、そこで諦観に至らせるためだけにためらわずに何かを倒錯させ、ここで浪費することだけが価値のように崇められる。そこでの価値にもたらされるものなどは、そこに何の意味も授けぬだろうし、ここで顕示するものなどは、死へと追いやられ、巣に帰る前に落下した死するだけの感覚に抵抗し、諦観を生み出し、そこでの感覚から抜け出せぬから、死へと追いやられるだけに至るような精神性が跋扈する限りに不当な意味が欠乏を訴え、今に規則を生み出し、規律に逆らう者は、今に至る前に、ここで排除し、疎外し続ける先に現れるものだけが、正しいものであるなどと促すような独善的な正義が促す正しさなどは、ここに現れる死から逃れるためだけに恐怖を捏造し、そこでの不安をまとわせ、意味の外に追いやられる者を作り出すためだけに促すような言辞などが弄するだけに至るような事柄の多くに詐欺的なもので紛らわせ、ここで鍵となる問いも、遠くで理想を損ない、傍観するだけに至る乖離した自己から、利己的な世界に形成されるだけの義務から、ここに依存することだけが、生きているように思えるのだ、と促す君の差異と愛の隙間で完成されない名を加工するだけの命名から、正式なものすら存在しないが故に存在とは、その場での短絡的な役目を果たすためだけに義務に追いやられ、ここで位置的な苦しみに思考停止し、ここで迎合されるだけに至るような耽溺から、退廃的な妄想から、もうろうとする意識の彼方で軽蔑されるだけの自己から、迎合されるだけの今に至る真理などは、正しさを扶養することだけに専念し、ここでの生活を保つために自らを軽蔑し、何が正しいかすらも求めることだけが、唯一正義であるのだ、という清貧さをたずさえ、清潔感を損ない、そこで生まれる苦しみを迂回し、理解を得られずに、ここで選りすぐるだけに至るような営利目的なコミュニケーションから、コミュニティは破壊されるためだけに幼稚な型に嵌められ、破壊的な情緒が促す意味の進路を破壊し、ここでの真理などは、迎合されるだけの答えで互いをとがめ、狭い世界の中で同じような価値に嵌まり込むほどに魯鈍な者として、指定される意味に下される言葉により、自らを膠着させ、ここに存在するものだけが、この世のすべてであるなどと促すような独善的な手法で裁かれるだけに至るような他者を介した罪の中で罰を待つような幼気な者だけが正しい者として扱われることだけが、正しいことのように示すような正義などは、何の正解にも導かずに、今に現れるものに義務を謳い、今に苦しみを共有することだけが、正解者としての生き方だ、と促すことから、人間とは人間という名から逃れられずに、自らを喪失し、今に苦しむことだけを演じる。