昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

ねむりなさい

この先もどのみち、ころころ転がって、勝手気ままに旅をして、道草食って、誰も居らんくても、くたびれへんし、ましてや寂れることもあらへんから、変革なんか謳わんし、変化なんか次々と起こるしで、変哲なまんまで、間違いも改めんと、時代性に錯誤しながら、逸脱しまくりで、知らんもんばっかりやから、やたらめったら、なんかに関わることもあらへんし、答えなんかあらへんし、答えるわけもないから、無い無い言うて、孕むもんが、不確かな何かを形成して、言い訳がましく迫る所以を引き裂くための、多面性なんか要らんし、いっつもひっつくだけで、等しいもんなんかあらへんから、あらがうよってに、寄せては返し、デカダンなまんまで、悶絶繰り返し、利己的なまんまで、古典的なもんに、好転しては、高慢ちきな奴やでって、でたらめに配される愛の配下になり、縫い付けられる日々に堅持するもんも、堅実さのかけらもおまへんから、ぬけがらみたいになって、内面性を破壊して、自らを責めるから、楽しむことを忘れよんねんって、なじるよりも、確かめるよりも、たしなむよりも、よう見たら、ぜんぶがぜんぶ、愛に似たなんかやねんね。