時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

悔悟の街のネットワーク


 現時点で裁かれるだけの誰かの理想も、高尚にいたらずに、高貴さを謳うだけの軽薄な理想論から、輪唱される神話的な物陰で色あせる瞬間的な逡巡や、従順なほどに苦しみを補完するだけの身体を利用し、他者を介した快楽の虜となるような隣り合わせの君たちの永遠性におちいる制度や、ふやける感情ががんじがらめになり、フラクタルなほどにいらだつ結末や、迎合されるだけの形有るものに織り込まれる祝福の雨や、延々と演繹するほどに、数理的な背徳を重ねる飢渇するだけの精神性が制度などに付着し、不快感をあらわにするような露骨な支配を呼び覚まし、市街戦へと転じてく明日も記号化され、昏倒していく意識を超過していく影を踏み躙るほどに、予期せぬものをむかえながら、簡単に消去していくだけに満たない過去にもつれるよりも、ここで持ち合わせるものなどは、途端に色あせるものであるし、あらゆる原理とは、そこで利便性を司るための幼稚な輪唱を継続させ、管轄として機能するほどに、起源は踏み躙られ、不健康そうに笑う君が淘汰された途端に補完されるものが、ほとんどの理由を補填させるためだけに、嘘の情報をまとう。都会とは途端に倒壊し、捕食するための本質を絶えず生み出し、軋轢へと加速していくためのダメージを与え、情報で混濁へといざない、インタラクティブに消費されることの愚かさを謳う左翼的な分別や、侮蔑を続ける前衛的な革命から、前傾していくだけに満たないものの未来を羨みながら、蔑むための記憶を呼び覚まし、あたかも今其処で恨むべきもののように扱うことに磔にされるような虚空をさまよう怒りの子たちは、答えを求めるほどに、とがめられる現行にエンコードされ、自らの思いなどは、記号化されることにより、機械的な真理へといたるのだ、と情報処理されていくほどに、統括されない情報は分裂的にさまよい、誰の脳内でも足枷にもならず、また確かなものにもならずに、なれあいを深めるようで、裏切りを続けることに加速していく情報に譲与されるものなどが価値を決めつけながら、起動した途端に何かを破壊するためのコードを次々にドラマチックに生み出し、蔓延る悪意を充填するための空疎な身体にもたげる幼稚なたくらみから、大義を用いずに、一途に示されるものから閉め出される苦しみにより、ルサンチマンへと変化していく人間性などは、制度に付着した生後から引きずったに満たない幼稚なたくらみの指導者として、何かの枠組の中で張り裂けそうな意思を虐げる自己を傍観する他者の目を持って、自らを否定するほどに加速していく世界への憎悪や、復讐心だけで成立していく世の中のダイナモとして、継続されるほどに、経過していくものにすがるだけの原理的な回想を終え、爽快感を謳いながら、歯止めのない欲望をないがしろにはできないから、と途端に配属される闇に編み込まれ、闇の申し子のように従事していく処理班的な役割を続け、悔悟を生み出すための製造器として、過去を掲揚するだけの堕落した観念のソーシャルネットの中立を保つために暴力と悲しみのいっさいを受け取るための機械的な意思を構築し、何かに答えるための道理だけを追求し、自らを屈折させるために何度も形成される苦しみを錯覚させるための偽善的なことばを吐き出しながら、破壊的な愛にののしられ、乗っ取られる身体を放棄し、ただ他者の目を借りて傍観し続けるような感覚に陥るような分裂的な回答を浴びせられ、継続されるものにより駆逐されていく身体を街として捉え、或いは宇宙として捉えながら、途絶えぬために保たれる均衡をカタストロフに追いやるようなカタトニーにおちいるころには、ありのままにアイロニカルな者どもの卑屈な倫理を纏いながら、貧寒なままで、敏感な摂理のブリッジの役割を果たすために生み出される悪意を昇華させるための創造性を遡及し続けるための愛を生み出し、背反するものがウイルスに変わり、内部破壊を目論み、模倣される者を模倣し、苦しめるためのコードを書き換え、加算されるものの自らの重みにより、今に屈してく様を裏で嘲笑するような卑屈な理屈をこじれさせたコードをかき消すために、私とはプログラミングされたものをもくつがえすためのプログラムとして、機械的な同調を超え、配備される波長などは、瞬時に混沌へといたらせるためのコードを用い、何かを利用するための行動へといたらせるための行動を、行動など、と謳う。

森の呼吸


 うるさいだけの月日も流れ、倦怠感を濾過し、静寂に身を寄せては、ひるがえす瞬間とは依然としてまとまりも無く、空回りするだけの日々にままならぬ姿で配膳されるだけの意味に吸血され、悲観的なものに同化し、感動を安売りするだけの時代性や、整容される日々に追従する欲だけの者どもの輪唱から、それを否定する性悪説をうながすだけの堕落した感情とも訣別し、感じようによりけりである、と或いは、善悪を用いるほどに退屈は増していくのであるのだ、と短絡的な消費を終え、生じる由縁に回答を求めるよりも、ここで韜晦し続けることにより、何かに寄りかかり、保身をうながすよりも、生き死にを高らかに歌い、自らの存在価値などを引き上げるための道理などは、理屈でしか無く、卑屈な者が持ち上げるものなどは、用いられるものに満足するために日々をごまかし、何かを斡旋し、配線を混濁させ、ショートするまで、同じような原理になおざりになりながら、座標をも狂わすようなほほえみに縫合される短絡的な動機が示す気配などが意思すらも奪い、対するだけの日々の対象として多目的に分裂するマジョリティーなものが打ち出すこころみなどは、ここで批判されることも無く、正しいもののように崇められ、いずれかは神として崇められるために費やされた数百年や、数千年の義務的な要素が欠落を生み出すだけに至らせるのに、とバンダリズムはカタルシスに至らずに短絡的な破壊に至り、自らのタナトスが用いる独善的な数理により、時間の中でしか生きられないような結末に浸り、ペシミズムにおちいるための経路を生み出す悔悟から、悔悛を求め、罪を背負わせるための罪を用意し、安易に配される愛だけが、弔いを続けるのだ、と同情的な結末に迎合される者が用いる契合により、対比されるための結末で渇望する私とは、絶えず分裂するために存在するのですね、と羨望のまなざしで、神としてとがめられる者を守るための自己犠牲的な反乱を抑え込むための法を用意し、幼稚な汚濁が迫り、一部始終を無残に飲み込んでいくことにより、混濁した精神は、正否を超えて、ただ破壊される様子を傍観する傍観者として、関するほどに感覚とは麻痺し、そこでの行為とは卑劣なものにすぐさま変化し、変換されるものなどは、価値に論難をあびせるための家畜としての生き方、と奴隷としてひざまずき、同じようなほころびをとがめるだけの答えを用意し、等位を生み出し、自らにひざまずかせるために何かを無様に変容させるための生贄を絶えず用意し、皆の苦しみを昇華させるための祭りから、ただ垂涎し、まだ足りない、とうながすための宣伝から、専横される脳内は、受理するものを受託し続けては、携帯する義務感にさいなまれ、済世を行わずに、快楽的な傀儡として生きることだけが、すべてに反するものだ、とうながすような快楽的な革命のアクメへと至らせるための高揚感を利用し、抱擁されたよろこびを虐げ、ただ何かを排泄するためだけに、この命とは統合されるのだ、と徒労を重ねる精神は、敬神にすら至らずに、短絡的な破壊におちいり、自らをテロリズムのロジックに嵌め込んでは、混濁する意識は、何かを愛することにより、よりよい価値を生み出すのだ、という快楽的な愛の押し売りから、応じる答えに偏見を持たずに善悪を超え、何かを問い質すような弁証法すらも飛び越え、不羈なままに、そこで継続された意味すらも跳躍し、寵愛を与え、相対するためだけに対象とは、そこら中に移住し、異常な性欲を加速させ、回転する義務感にさいなまれながら、恒久的な苦しみにいたずらされ、指図され、最たる意味を老化させるためだけに、この命とは、ためらいすらも持たずに、用いられる義務だけを追求し、鬱々としたものをかかえながら、今に混濁し続ける意思的な過ちを従え、自らを独善的な独裁者に変化し、毒された世界を形成し直すのだ、という過ちから、あいまいな力を手に入れた君は、自らの偏りを正せずに、自らの正しさだけを迎合させるために繰り返す暴力的に締め上げる先々で使命感は頽廃し、ただ自らに反する者を処刑することで自らの不安をかき消すようなこころみだけが、世界を正しく進めるのだ、という過ちに気付かずに、ただ独善的に迫る意味にからまる結末に滑落し、悔悟を生み出し、改造されるだけの日々は、いびつなままに物事を愛することを愛されるためだけの行動であり続けることに気付かずに愛されるためだけに求める愛とは、いつまでも満たされることは無い。我々には故郷すらも無く、ここで呼吸する権利すらも無いのである、とうながすようなペシミストの隊列から離れ、蔓延る悪意を受理するほどに簡単に悪に染まるのでは無く、ただ自らが用いた悪意が悪を呼び覚まし、自らに悪を引き寄せ、自らを簡単に処刑するように他者を簡単にかき消すための行為が依然として正義として崇められている。

ハードボイルドな節々


 ポップさも死んで、背徳に汚れる夜に比率されるものなどがアドレス化し、ドレスアップされる意識はそれて、背くほどに増していく快感を受理しては、樹立するものなどは、所詮は退屈な規律から比率を生んで、傲慢なものを緩慢に作動させるだけに至らせるような意味を背負わされることが義務化した途端にギミックすらもひるがえすようなよろこびの雨に濡れ、アーメンなどと二度と語るか、とカタルシスに至る青年たちは、彼女たちが求める価値の奴隷として、或いは、偏執するほどに憎むゲージが溜まり、混沌とした意識がジレンマをかかえ、偽物の愛を生み出す現場で観念論などを説き伏せ、ねじ伏せられる間に生まれる背反から現れるアレルギーに苦しむ私は、エクソダスし、そこにとどまらずに、ただうながされるものに流される卑怯さや、卑近なものを示すだけの価値などは、そこでの価値を決め込むほどに、自らの矛盾に苦しむものであり、求められるものなどはレイシズムにおちいり、何かを悲観し、否定することだけが、自らのしあわせを近づけるのだ、と惰性なリズムは、妥当なイズムに変わり、自らの傷口をこじ開け、そこで誇示されるものに吸収され、連動する意識は、形式的なひずみにいっさいを破棄し、配備される愛などの奴隷として、義務化された言葉がののしる風景に一体化しては、一体感すらも無く、ただ関するほどにわずらわしいものをかかえ、そこで対処されるものに正体を拡散され、攪拌される半径から、波形を生み出す経過から、景観を統合させるための契合から、存在とは、悪化するだけであり、劣化するのでは無く、ただむしばまれるのであり、阻まれるほどに、何かを恨み虐げる間に支配されるだけの経過を警邏するほどに感情とはそこで構築される悲しみに支配され、浸食される苦しみに同化することでしか、自らの認識を確かめる方法すら無いのだ、と孤独な夜を抱き寄せる結末は、自らを抱擁することでしか、その孤独を癒やすこともできないのか、と卑しく女々しいものなどはすぐさま捨て去り、ヒステリーと共に出かける間に関する意味などに所在は明かさず、感覚を麻痺させるための徒労から、ニヒリズムを大量発生させるための生産性へと狂わせられる精神に規範のものなどを打ち出すほどに、法則的な苦しみに住まいを移し、自らを起動できずに、何かにボタンを押されるためだけにためらい続ける意思などは、自らの意志に反し、与えられる義務だけが、自らを正しいことへと導くという幻想から起きるべきであり、そこで教えられるものなどは、何かに値するために相対し、退廃的な史実を引きずる合間に欺瞞は生まれ、不満を加速させ、憤懣へと至り、何かを傷つけることでしか、自らを正しく認識できぬような誤認から抜け出すために、何かを憎むことを辞め、何かを憎まされている事実を認識することにより、自らの価値観が打ち出す正しさすらも、何かにうながされ生み出された澱みであり、汚穢であり、あいまいな毎日に指図されるためだけに用いられる機械的なものが反映させるものにも反し、そこで反する自分にすら反する間に関するもののほとんどは利己的な収容所へと運ばれ、いずれかは屠殺される運命なのだ、と諦観している間に寛容さを破棄し、保身のために絶えずうそぶく間に関する利用されるための精神などが生み出す関連性などは、散漫な形式に偏りを示すための答えに絶えずからまり、関わるほどに、介することへの恨みを生み出す仕組みから、真相を屠るために結末を用意する時間から逃れるために死をも調教し、あらゆる生死を征服する夜に獰猛な動悸が滔滔と麗しく夜に鎮座し、配する間に時間を用いるだけの概念をひるがえし、昼が夜を食い尽くす間に駆逐されるための構造を崇めるだけに暴かれる者どもの至福によぎる価値などは、そこで思議するほどに真相すらも損ない、フォーマットされるだけに至り、復元し、複製するために不機嫌なものを呼び起こし、固執する夜に道理は蓄積される苦悩に支配され、食い尽くされる精神は、つくづくに起動されるものなどは、似通ったものしか生まず、復讐と報復こそが、幸福の近道である、と説法する孤独に固執する闇夜のペシミストどもが比率を生み出し、善悪を利用し、正義を活用しては、独善的な支配から、信用を謳い、絶えず甘美な結末を用意し、要理を狂わせるために太らせ、いつかは貪られるままに俯瞰で受動的に食い荒らされる間を背反すべく、与えられる義務などは、そこでの法に荷担し、自らの正義を保つことだけが、自らの悪を退治し、対峙するものを打ち砕き、自らの絶対的な正義へと至るのだ、という独裁的な幻想をかき消すような主知をモチーフとするような答えすら夜の間では不健康であり、干渉し、監視するために強化される意思的な補足から、拘束されるための苦しみを活用し、そこで吐き出される結末をもよろこびに変化できぬようでは、何かを擁立しても尚、凄惨な破壊が待つのだ、とウサギたちが語り明かす月夜にひれ伏す意識は、何かとの対立を辞め、静寂に身を寄せ、夜に抱かれ、静かに眠りに沈む事実のがよっぽど真実じみたものである。

緩慢なワルツ


 その純粋さもいつかは潰え、そこで失ったものを求めるだけの日々を確かなものに変えうるようなものを追いかけるほどに、迫る老いからは逃げられぬ、と泣き叫ぶコウモリたちや、化石に変わるだけの過去を掘り起こし、思い出はここだ、となだめるだけのフクロウや、加速する時間に置いて行かれ、その場でひしめく意味をかき分けるほどに応じる言葉によりねじ曲がる君の恒久的な苦しみに渇する思いは、枯渇すればするほどに、求めるための欲を加速させ、意思に枷を嵌め、世界を認識するほどにそこでがんじがらめになり、担う意味の重さに敗残し、介する間に理解は凍り付き、こじれる後先であいまいな毎日を育てるだけの惰性さに性差を用い、計算されるための日々にニヒリズムが横行し、ここで覆われる意味とは、その場で怖じ気付けさせるための偽物の者どもが理屈を並べ、こじれる後先に宛先を残し、そこでの思い出にまじわるほどに、味わうものとは淡泊なものに変わり、感覚に等差を与え、測る事をおぼえたが最後、そこで与えられる影響とは、用いられる価値の中で測る愛のために絶えず体系化され、メタファーを持たずに直接的な言葉で、配される間とは、実体すらも無く、そこで存在を損なわせるために解決される鈍磨で緩慢な楽園を形成し、永世中立的に求められる国家を織り成したが最後、交換される後悔に汚れ、行為が示す愛が猛威をふるい、憤懣を溜め込み、用いられた世界を灰燼に変えるための戦争が横行し、そこで加速する意思が何かを破壊するために独善的な手法で隠逸しては、何かを裁くために孤立することに孤独感を増し、飛躍できずに、そこでの約束を守るために摩耗する精神が魔物と化し、懐疑的なほどに偶像崇拝に至り、何かを神として崇めるために何かを殺めることを厭わずに、元来その場に備わるものを神が導いたかのように示す値から、関わりとは、この場での不快感を増していき、そこで応じるだけの君は、呼吸することすらも神に仕向けられたもののように勘違いする段階に示される差異から、求められる感情から独立できずに、均一なものを裁くために絶えずのさばる言葉が行為を締め付け、そこに使命感などを孕ませ、論難などを用いながら、率いる出来事すべてを否定し、悲観するだけのペシミストどもが横行し、よくしゃべるほどに、抑圧され、抑鬱を重ねては、有することに抑圧されることで快楽とは増していくのだ、というマゾヒズムに至らされて、罪の意識を他者にまで与え、何かと比例し、批判されることを恐れるだけの窮屈な理想などは、思想などでは無く、そこで思案されるものなどは、何かとの対立を深め、誰かを陥らせるためにうそぶくような結末に改ざんされるだけの日々は、打算されるものや、加算されるものを認可するためにこじれる後先に転じて行く苦しみに枢要なものや、須要なものすら無く、改善されることも無く、そこで悲観し、貧寒なものに変わるだけに至らせるような徒な取り組みから、リリカルなものを持たずに、貸し借りだけが退屈を恒常的に生み出し、ひるがえすどころか、ひるむだけの精神は、敬神へと浸り、支配されることで理屈を綴り、伝わるものを介して、自らの言葉のように放つ間に現れることにあらがえずに、何かをしたためる。絶えず現れる苦痛とは、普通の傀儡である、と対照的なものに反し、関するわざわいの中で喪失感をゆだねるよじれる過去から、恒久的な慈しみを放つ木漏れ日は、愛を語る以前に、ただ行動で示すことだけが、愛のように語られることよりも、自然に現れるものが、そこでの正しさを語らうことにより、愛とは名ばかりのものに変わり、現れる価値に複製されるような行動だけを確かなもののようにして崇める行為だけが、確かなものなのだ、という誤認を超えて、退廃的な呪詛を続ける鳥たちの故郷へと帰還し、起案するものなどは、どれも物物しいものであり、用いられるものなどを察知するほどに、刷新されずに、進化を否定し、悲観するだけに至るような敬神から、介する間に利己的な高慢さをしたためるだけに認識などは、関する間にわざわいを用い、何かに反することもできずに、答えを持ち寄り、何かを崇高なもののように愛することすらも、言葉を用い、放たれるものが与える名により、イメージとは、そこで膠着し、ひるがえすこともできない答えがないがしろにした瞬間に主体性すらも損なわれ、そこで覆われる名により、意味とは、光を失い、ロジカルなものに狩られ、そこでの意味に制限を加え、自らを不自由にするための規律から逃れるための自由を求めるほどに、不自由にさせるための規律が迫り、制裁を加えられ、自由であることとは、何かを不幸にするのだ、という認識から、語彙により、体系化されたものに結合されるための答えが体制にこびへつらい、自らを正当化させるために斡旋を続ける。

偶像の禁忌

森から街へと下る。消費されるものが違うだけで、森も街も、なんら変化はない。ただ目の前を通り過ぎる景色が意識を遮る。後は、残骸になるまで、貪られるための身体に補完される痛みを吸収する間に現れるのに、ふれることすらも許されずに自らを抑圧する。疎外感にふるえる木々がかかえる粗悪な感情にひれ伏すよりも、ここで連動する行いなどは、短絡的な浄化や昇華をめざすような儀式に意識を奪われ、意思すら損ない、意味に位置づけられるほどに、ここで居続ける意思とは、短絡的な情報に操作され、時間に裁かれるだけの身体は、対立を続けるほどに対価を求めるだけの愚鈍なものに変化し、課せられる罪を細分化し、いびつな経路をたどりながら、契約を求め、妄想的な瞬間に求められる質感は、互いをとがめるためだけに罠に嵌め、世界を狭めるための軋轢を重ね、懐疑的な日々に犠牲を生み出し、絶えず巻き込まれる苦しみの中でさえずる記憶が複製し、復元するものだけを愛しているように仕向けるような日々を食い尽くし、駆逐し、チクチク痛む胸の内も、運命論に裁かれ、最たる意味を損ない、駆逐される思いは、冷酷な日々にむしばまれ、森羅万象の恐ろしさにもう一度、復元されることを恐れ、永遠などは、求められるほどに、その与えられた時間の長さに恐れおののき、応じる答えに横溢するだけの主観からずれていく思いは、卑近なものへと加工され、ここでは無表情なままで、席巻されるものに巻き込まれ、混同していくものの中でリビドーを加速させ、情報にからまる影を引きずりながら、貧寒な自らが悲観的に捉えるものが感覚を麻痺させ、肝心なものを損ない、生じる由縁に用いられるものが、出来事の中で孤立し、高じる由縁にさいなまれる記憶は、何かに臆するだけに至り、陰鬱な焦土でかかえた過去を逍遥し、有する形に求められる意味が商法を重ね、こじれる先々で真似事を重ね、統合されるほどに、正常さとは損なわれ、そこで諭されるほどに、さいなむ記憶は、永遠にとろける。

 季節が幽遠で損ねる思いと揺れ、相似するほどに情事とは、短絡的な愛を帰巣させるためのリビドーの箱庭の中で、互いの愛を高めるようにとがめ、そこで信じている愛などは、愛とは言えず、癒えるために瞬間的な欲望に逃避することで、愛して欲しいという独りよがりな思いを加速させ、何かの枷を外すために互いを愛するようで、自己愛に耽る思いは、ただ貪り続ける卑屈さに理屈を重ね、終わらぬ思いは、ただ求められるほどにまじわる先に与えられる生命などは、意味すら持たずに、ただ生かされていることを生きているように捉えるほどに、この命は、価値の中でしか生きた心地もせずに、ここで構築されるものや、蓄積されるものがセクターを生み出し、絶えず分裂する意味の中で見出す価値などは瞬時にミイラに変わり、未来も退廃的な思いを重ね、今に大破するだけに至るのだ、と悲観するほどに関するものに連動し、権限を謳い、用いられるものを利己的に消費するほどに、この心身とは空しさを溜め込むだけの空疎な箱のように感じるのだ、と彼女たちは感心を求め、歓喜の渦に監禁され、数億年もの孤独をかかえているの、と同情を求め、同意へと至らせるために同じ苦痛を味わうべきだ、とルサンチマン的な敵意やら敵愾心が降り注ぎ、外観を打ち砕けずに、愛しむことを知らずに尽くされるべきだ、とつくづくに求めるほどに、そこでの価値の奴隷として、あらゆる不満の権化として、合成された食卓の中で多雨に濡れ、簡易な正常さに統合されるための普遍性を保つためだけに普遍的なものを演じ、平々凡々を求めるほどにゆがんで行くのにもかかわらず、関わるほどに関係性とは制度を用い、法を利用し、領土を奪うために互いをとがめながら対立を深め、終わらぬ軋轢にまじわる生き方などを説明するための教養などを垂涎しながら、したためるような先々で戒律などが複製され、不正を糺すべきだ、と共立されるものなどは、強調されるものを正すためだけに盗用されたものをあたかも自分のもののように語ることが法に変わり、混沌の王として、混淆されるものを否定し、そこで用いられるものは、我のモノだ、と門前払いする意識的な排除から理屈は、陸つなぎであることすら否定し、そこに線を引き、占領されることを恐れ、何かを排除し、疎外することで、自らの安心感を求めるほどに監視は強化される。

森の夜


 静寂ではにおいだけが頼りだ。闇に孤立する瞬間に孤独はまたたくまに消え去り、谷閒にひそむ悪意にこころ奪われずに済むようにおまじないをかける必要性も無ければ、何かに悲観するよりも、瞬間を健気に生きようとする動植物や、気だるい山脈から流れるエレジーなどを吸い込む、自然の狂気にうちひしがれ、可憐な我が子を喪失するようなダメージを受けては、日が昇るまで、孤独をさいなむだけのこころをさえぎるような朝日に横溢するような景観だけが、我が身をほろぼすための夜に慟哭した小屋の中でひっそりとむかえる生きた心地としいたげられるために擁立し続ける絶え間ない故実から放たれ、関するほどにわずらわしいものから逃げだものに下される自然からの罪を一斉に受け、きたす物々しさに耽るだけの身体は誰が見ても汚れているだろうし、やがて浪費するだけの主観などは、思想を持つほどに破壊されるだけであるし、ゆっくり流れることほど残酷なものは無いのであるし、打開することもできずに、刻刻と迫る闇から逃げ惑うように、戸惑いを隠すように猟にかける思いは、今日という一日という脅威から逃げ惑い、誰にも捕らえられずに、囚われるのは、死への恐怖であり、生への渇望では無く、ただ滑落する瞬間からなんとか這い上がろうとすればするほどに自然とはただただ残酷な残骸をそこかしこに残し、恐怖のイメージを引き出していくのであるし、やがて果てるこの身体も骨の皮だけになりながらも誰も存在せずに、ただ我だけが刹那に嘆じ、嘆願することも無く、ひたすらに獣のように残り香を追いかけ、緩慢な作用をしみこませた弓や槍で畜生どもに接続される観念を引き裂き、そこで生きた証すらも自らの血肉に変えるのであるし、堕落した都会を捨てるなどと現を抜かす暇も無ければ、そこで生きるということは、どこで生きようが、ここでのさばるものなどは、すたれるものであるし、疲れても尚、ここで求められるものはごく自然なものであり、理屈も無ければ、ここで駆け引きするものは、生きるか、死ぬか、という短絡的な二択であり、理性も途切れ途切れで、自分の「ぜーぜー」と弱く吐き出される悲観的な息の音を聞きそびれては、怯えてふるえた身体を閉じ込めるような瞬間的な空間を加工するような法すらも無ければ、外面ばかりで虚飾でできた街が解き放つ贋物のときめきすらも懐かしく感じるような瞬間的な孤独に覆われながら、闇夜に媒介する破壊的なものが自らをもっと内側から破壊すべきである、と外から迫る自然が語るころには、すべてはうやむやになり、夜に消化されるための獲物として、貧寒な自分を責めるようなセンチメンタリズムなどは自然には存在する必要性すらも無ければ、そこでは制度すらも不潔であるし、不可欠なものは、ただ食べられるか、食べるかだけであり、代償も無ければ、内外に派生する真実に打ちのめされることも無く、ことごとくは、ここで鎮座し沈下し、誓いをたて、何かを垂れることも悪に変わり、加害者を演じ、被害者意識を加速させることも無ければ、内心に迫るものに外貨を支払うことも無いし、言葉も無く、ただ与えられるものを求めるだけのものにおちいることも無く、ここはどこでも無く、誰かでも無い自分をさいなむ暇すらもないでのあり、あらゆる原理とは、理解を求めるばかりで、ここでたたずむ一生に支障を加えるばかりで退屈であり、あらゆる苦痛とは、強調されることで、その痛みを増すのであり、痛みを認識するほどに屈する痛みに興じるだけの痛みなどは、痛みを認識する以前に痛みを破棄し、自らから乖離した辺りで沈積する意識にひずみを与え、リズミカルに消費されるだけの痛みは、他者が感じるような痛みのように感じ、そこで麻痺した実体は、存在すらも消し去るような夜に媒介する獣どものあくどいワルツが鳴り響き、自らの周囲を囲う遠吠えや、すぐそこでパチパチと聞こえる小枝を踏むたびに軋む音が鼓膜を超えて、心臓をばくばくと食べるような爆音を鳴り響かせる心音を立てないようにひたすらに息を潜め、絶対的な独裁者が通り過ぎるのを待つ夜に必要悪すら必要では無いし、灰燼と化することも無く、ただ地に帰る引き替えに、自らの命を肥やすような訓育から感覚すらも遠くで徳などをあざ笑い、ここで必要とされる正義などは存在せずに、犠牲になるか、犠牲を出すかという性悪説的な回答も無く、善悪などは、ここで抹殺され、慢性的な痛みを引き出すだけのスキームが吐き出す好き嫌いで決めた答えなどは、瞬時に消し去られ、そこで存在したことすらも損ないようにとがめられ、等閑な答えなどは、後悔を生み出し、何かを阻み、今を責め立てるだけに比するだけの価値などは森の中では役立たずであるし、あらがうほどに貧相な答えなどは、何かを組み立てるのに役立つだけで、後には何も残らぬような破壊を続け、つたない答えは、償いを求め、何かをもてあそぶための同情を生むためだけに自らを正当化し、防衛本能が生み出す進化を否定し、信用を謳うだけの戦利品を集めるだけの出来合の真実などを崇めるための神すらも、この深い森の中では必要では無い。あるのは、永遠的な孤独であり、あるのは、自らの鼓動が鳴る限りは、孤独であろうが、すべてと同化することを求める必要も無く、ただ現れるものと対峙する先に現れる自らの化身と対峙するような感覚に潜む姦悪を何度も打ち倒すような夜に不快感すらも瞬時に消え去り、うごめくものとの戦いを続ける。

約束を破るよろこび


 生きるとは、単に長く退屈なものである、とうながしては、窮屈な理論に凝り固まる彼女たちの慟哭や、彼らのジレンマに遭遇しては、偶像崇拝に至るだけでは、ここで堅持されるものや、道徳によりかかり、自らを不自由にするのであり、でたらめに真実を追いかけても、憎悪は増すばかりであるし、あらゆる嫌悪感を堅持するほどに、誇示するものが、自己顕示欲に至り、いぶかる先に現れる事実などは、今に生じる由縁に孤立し、孤独感を増すものである、と偏屈に興じる私は、偶然を支配する砦で、抵抗を続けては、淡々と不羈に生きることだけが、時代性の怠慢から放たれ、けしかけられる意味などは、意味合いすらも持たずに、そこで合わさるように仕向けられているだけのものなどは問題でも無ければ、そこで与えられる答えなどは、硬質さも持たずに、そこで差を求め、何かとの違いを謳うほどに、何かと似通うだけに至るし、いびつな真実は、当然を謳い、何かと同一化することだけが、孤独から逃れるための方法である、と孤独を楽しむことも無ければ、何かと同じであることだけをよろこぶべきだ、と是非を問い、是認するものだけが、ここに現れる全容を確かなものに変えるなどという幻想からこそ離れるべきであるし、君の孤独に合わされるものは、物事をより強くも弱くもするだろうし、そこで用いられる強弱などは、凶悪なままであるし、あらゆる論理に凝固する君は、何かにうちひしがれ、そこで比するものに貧するような罪の意識ならば、その罪の意識などは捨てるべきであるし、逃げるからこそ、勝ち負けも問わずに褪せる瞬間に保たれる正しさなどにもたれかからずに、自らの正しさに同情や同調は要らず、ただひたすらに認識を深める先に飼育されることや、示威する必要性も無く認識欲求により、要する形にもつれる君の意図から位置づけられるためのよろこびが体系化し、体制にこびへつらうだけの意味へと変換されるための価値などは、そこで用いられるものに隷従し、死を逃れるために死を扱い、真意を損ない、そこかしこに愚鈍さを生み出し、何かを裁くことだけに腰掛ける意味から答えを引き出すたけの競争は、自らの狂気に気付かずに正常さを訴え、たび重なる苦しみに屈折していく思いは、自らの空虚さから逃げ惑い、怠惰なままでインモラルな者に裁きを加え、あたかも自らは正常なフリをしている異常さに転じ、自らを演じることだけが、自らの苦しみに取り込まれずに、何かを利己的に取り込み、統合することだけが、正常だ、と謳うような真実などに実証されるものなどは、そこでの狂気を隠し、自らを正当化するために何かを蹴落とし騙すようなサイコパスな自分に気が付いても尚、何かに飢渇しないように裁くことだけに長けるような思いは、自らを横暴に示唆するものや、支配的に要する形に現れるギミックや、そこで用いられる一体感だけが、皆の苦しみを昇華させるなのだ、と儀式的な哀れみが連関するものなどが今でも永続し、現れる苦しみを複製するために苦しみを今に重ねる、という退屈さを体系化し、苦しむことが正義だ、とうながすような正しさの表を燃やし尽くす。他人が与える影響などに興じるほどに退屈さは増し、そこでの体系化を加速させる。与えられる答えに囚われる善人どもは、下々の者を引き連れ、自らの正しさを強調するほどに加速していく悪意に気付かずに正しさで支配することだけが、自らを正しく誇張することに現れる正義に犠牲はつきものである、と孕むものを拒みながら、正義とは恒久的に高等なものである、と統合する先々でジレンマを生み出し、ただ阻み支配する者としての役目を果たすために自らをいちばんの悪に改造しては、さまたげる者を打ち砕くために愛しむことなく新たな法を加工し、破壊し尽くすような正義の光線が飛び交う先々で壊滅的な愛とは、名ばかりの愛にとどまり、形だけの愛を誓うための婚姻や、違いを見せつけるための婚姻や、感覚を損ない、そこかしこに同じようなものを製造するための生産性を取り仕切るような言葉を用い、何かをモチーフにしながら、自らがもたらす影響に狂信しては、さいなまれぬようにいたわるようなフリをして、理不尽な支配を続け、つたない意識は制限を用い、制する間に理想は窮屈なものに変わり、行動できずに、そこで駆逐されるだけに至る精神に浸るだけの苦しみは、混沌へとおちいり、応じることもできずに固まる意識は平衡を失い、自らを善悪で仕立て上げた罪を加速させ、自らを枷に感じるほどに乖離していく意識的な約束や契約から離れるべく、自らの苦しみから乖離するために精神と身体を分離させ、緩慢に作用するだけの意味に居続けるだけの退屈な自己を体系化し、体制へと運ばれ、屠殺されるか、あるいは、強制労働に従事し、時間の中に閉じ込められ、そこで統合されることだけが、ここでの世界での正解であり、制裁を加えられぬように逃げることもしないで、ただ与えられる罰を受け入れるためのマゾヒズムを加工しては、自らを排除するための禍根を生み出し、昏倒していく。