時を乗り越える者

時間を超える意志的な現れ

思春期の戦争

本の中での背徳の雨、飴玉みたいな君の目が、エゴに目覚め、誰かを傷つけた後にひろがる景色は、なんて病んでいて、美しいのだと、修正液をこぼした、やましい君のあやまちから、泡のような街に点在するのは、だましだましで木霊するやかましい魂がサイレンを鳴らし、カラスが落とす催涙弾がふりそそぐ古本屋で出会った、過去の自分との決別から、白いシャツを君の生理の血でよごして、冷たい風で出来たアイスクリームや、メロンソーダの夢、カフカの本棚に生えたキノコが放つタナトスから、中性子のクレヨンでえがいた傷跡から、デジタルの恋人たちは、複製される幻想の中で何度も復縁を重ね、おなじ結末を繰り返し演じては、おなじ苦しみを何度も味わいながら、ころがる君たちの行方を追い続けては、つたない言葉の彼方で手をつないで、ジュクジュクになった関係で溶け合いながら、またたく感情は、帰るバスもなくなったから、トボトボとあるいて帰る帰り道の心情が、猫街をみつけて、変換される猫の頭を装着して、星を羽化させるためだけに、この永遠をたもつ戦争を終わらせるために、僕らは缶ジュースをあけて、補完されるための生に反する。死生観がせまる言論から放たれ、自由や理由からも離れ、自らがもとめるものだけで花が咲いて、愛が爆砕しても尚、愛することを続けていくのです。

続けることで蠕動する命

加工された品位も無い夜。引き出される思いは、卑近な襞につつまれ、覆われるほどに、応じる思いは、答えを枯淡になびかせ、バビロンに吸いこまれては、魂胆を破棄し、同じようなほほえみで、あるいは、同じような価値の揺籃で眠り、道化として、同化することを真実として、措置される思いに配置された後から迫る苦しみを空間的に消費して、商品的な過ちから、あいまいなマインドは、毎日を束縛しては、諦観に追いやるだけだし、出し抜けることばかりを考えては、体裁ばかりを気にして、アカデミックな奴らはテレビジョンの中で磔にされていて、どれが真実からもわからずに、知ったようなことを語るし、語ることの重さを知らないから、自らの言葉で窒息するだけに至るような世界性から、ひずむ衝動性は、思春期の者どもを露骨に檻に入れ、折檻するだけに至らせるような簡易なソサエティーを破壊するために創造し続けることを知らないから、続けることを、愚かなことのように語るような魂胆から、簡単に消費されるだけの物としてしか存在価値を見出せずに、そこで商品と化すジレンマを認めるために、自らに価値を見出すことの誤りから抜け出せずに、惰性に制される間に、ここでの価値とは、まやかしに過ぎず、満ち足り無い欲望の住処で、支配下に置かれる君の身体は、落伍者の性的な道具として、若ければ若いほど、幼気なほどに、乱雑に扱われる先に待ち受ける苦しみすら麻痺し、人間性の終わりだと、汚穢を書き込んでいるだけに満たない幼稚な支配から、成敗されるためだけに、耐えなければいけないかのように示されることから逃げ出しても良いことを学ばせなければ、ここでの苦しみは解消できずに、次に来る苦しみを次の世代に与えてしまうことにならないように、ここで慣れないように、成し遂げるために、無いはずのものをひっくり返し、悲観的におとしいれようとするような夜から盗難した始まりをつぎはぎながらも続けることにより、ここでの価値は、よりよいものを弁証法的に引き出すのではなく、自らを乗り越える辺りから、超越を知り、引き伸ばされるための生命の価値を求めるよりも、この瞬間をよろこぶために、あるいは、永続する笑顔のためだけにためらわずに、愛を語るべきであり、次々に襲いかかる不安を迎撃していても、そこでの苦しみは解消できぬし、妥当なものを追っていても、低劣なものに支配されるだけだし、打算的に愛しても、加算される空しさは解消できずに、愚かなままに年老いて、愛することを学ばずに、瀰漫する不満足を大量に摂取し、あたかも生きてるかのように示すことが、生きてることになるだなんて、と後悔を引き伸ばすためだけに、老いるのかと、感覚を麻痺させ、あたかも生きてることを謳歌しているように示すための投稿から、淘汰されるだけに至るのだと抵抗することを辞め、ただ短絡的に同化することが、生きてると語るのならば、この馴れ合いから離れ離れになり、自らの静寂に帰り、何が必要かを考えることを学ぶべきであるし、あらゆる根源は焦げ付いていて、凍てついているし、インモラルな衝動と同化するほどに、ここでのイメージはそこなわれ、そこかしこに現れる者に吸収されるためだけに存在していることが、生きてるなどと語るならば、この命などは軽いものだと、軽薄なものに指図され、あたかも生きてるかのように示されることだけが、答えならば、この命などは、はじめから存在しないようなものだ、と。

涙を流す風景

思いの端子に接続される無限性の刹那、自覚する記憶の核を割るような衝撃や、季節感をぶちこわすようなほほえみ、回答を待つ不自然な子供たちの魯鈍な青春から、征服欲を満たすための婚姻の根幹にひしめく悪意などが、互換され続ける辺りから壊疽する言葉たちを複製するための革命や、約束とは破るためでもなく、漠然と今をたぶらかすためだけに、本質で働くものによって、独裁的な中和をほどこすのと、君は飢渇し続けるほどに、もとめるものも加速し、そこで求められるものによって、君とは操作され続けることだけに権利などを用いながら、大人たちをだまし、惰性でみちびかれる起因に侵攻する思いのぬかるみに嵌まり込むものを餌にして、成長をとげる狡猾さとは、若さ故の過ちなのかと、同化する意識は、季節によって硬化し、狡猾なほどに固執する者たちが、問答を繰り返す合間に負担ばかりが大きくなり、生きているほどに楽しくなるべきなのに、なぜ、退屈ばかりが増すのかという答えは、求めるほどに、求めるものとはとめどなくなり、測ることばかりに重点を置き、求めるものとは、いくら与えられても満たされることはなく、与えることを知らずに、与えられたものの大切さもわからずに、測ることばかりを考えている君に蓄積される陰気で陰湿なノイズなどが鳴り響き、卑近なままに悲観的な妄想をもたらすだけの退屈な変換から、加算される原理とは、欠如をもたらす。対価を求めるだけの君たちの症状を悪化させるような夜の修復を終え、復讐を謳うだけの退屈な理論を構築させるような政治的な要素が孕むものが強調するものなどに、同調するわけもなく、漠然と過ぎ去る幼稚な思議から、深層心理をフォーマットするほどのたくらみから、堆積する真実とは、事実との懸隔を埋めるためだけに働きかけるものにより、今に苦しみを与え、苦しむことばかりに重点を置き、応じるだけの答えによって、苦しむことだけに専念するような宣言から、加算される苦しみとは絶えず、ただ互いを繰り返し苦しめることだけに専念する。

原始的な君

病んだ街で悩ましい君の悔悟をため込んだ異性愛の終わりから、天体を加速させるほどの恋の嘔吐や、約束を踏み躙る過去の固形物などが、いっせいにふりそそぐ互換性の春の汚穢に入り交じる言葉の数々にかじかんでいた冬を懐かしく思うコード化された機械的な君の普遍性に制度が付着し、縁取られる自由は、いっさいの苦しみを空疎に吐き出すための退嬰的な保証と、規制をくわだてる惰性な権力との間で統合される正常性だけが、ここでの精神性などを語るから、加算される原理などは、原因を解析できずに、改正することだけに重点を置き、政治性などが、自由に法を操作し、自らの有利になるように仕向けるようなギミックから、立証される真実などは、途端に蔓延る悪意を大切そうに保管するための国という箱に変わり、自らをかばうためだけに保たれるものから、保証されるものなどのどれもは、魯鈍なものであり、論証されるもののほとんどは、補填されるための罪のために書き換えられ、書き加えられながら、長らくの苦しみを体感しようと仕向けるような用途と、有する価値により、偏りを生み出す仕組みの惰性なシナリオに補完される罪の重さと、生きることとの軽さにより、自らのバランスを崩し、くたびれた精神は、うらぶれ怪しみながら、そこかしこで権利などを謳いながら、用いられる原理により、この場での真理を見失い、存在自体の軽さに駆逐されるだけの君は、季節を跛行しながら、蔓延る悪意のうるささに耐えられずに、体系的なものが持ち寄るものにすがりながら、ここで嵌め込まれる真実を崇めることだけが、現れるものへの返事ように思うだけの妥当な返答により、ここでの価値の家畜として、現れるものの奴隷として、憧憬するだけの物として、あらゆる返事の合間におとずれるあいまいな時間が執り行う裁きにより、屈するだけの愛とは、愛とは名ばかりのものであり、契約的な愛とは、思うことでくたびれるだけに至るし、あらゆる愛とは依存的なままで、違背することでしか、自らの愛を示すこともできずに、抱擁というよりも、拘束に近いような愛から、法とは、強固なものに変わり、法とは認識を高め、誰もが生きやすくするための仕組みであるはずなのに、誰かを拘束するためだけに働くようになってから、誰もが法を信じられずに、放棄する間に高貴さはそこなわれる。そこでの高貴さを広域に放つために詩とは存在し、生じる所以に生命を与えるのが愛の役目であり、そこかしこに重縁を重ね、加算される愛の配下として、快楽だけに兌換される紙幣的な価値としての貨幣的な誤りとの合間で人間的なものを求めても、価値に苦しめられるだけであるし、あらゆる差異の配下として、復讐を目論む物物しい影に覆われる自己との決別をむかえぬ限りは、ここでの苦しみは倍増するだけであるし、成敗を求めるほどに、価値観に苛まれ、勝ち誇ることだけが、生きていることを認可させることを正しくさせるのだと、路上では語られるかもしれないが、そこで認識するもののほとんどは、意識の奴隷であるし、そこで正しいとされるもののどれもが、誰かの意識の奴隷であるかぎり、ここでの正しさなどは認識できずに、自らの醜いまやかしに左右され、正しさによって、加速する悪意により、妄想は激しくなり、機関的な愛は、禁忌を用い、均等や平等を謳い、自由を用い、受容を謳いながら、受動的な者は、過ちにすら気付かずに、にせものの価値を植え付けられているだけに過ぎず、そこで思議するものなどは、どれもが、誰かの意思を引きずりながら、誰かの価値を決め込むだけの危険なものにすぎず、そこで近付くもののほとんどは、自らに良い働きを加えるための空疎な闘争にすぎないのであり、深淵に潜む悪意が補足する理由などに指図されるかぎり、君は女々しい悔悟の中で憤怒するだけの利己的な自己との対立を終えずに、ただ体系的なものが携帯する物の一部であり、あらゆる遅延から、知とは汚穢に変わり、含まれる理由で服毒し、ゆっくりと迫る苦しみに怯えながら、崇める先を求めるだけである。

惨憺たる愛

この街なんて、どうせ死んでるんだと君は、寒空の下で、機械的なペシミズムに酔いしれ、夜にオーガズムを迎え、典礼な時に折り紙でできた雪が降り、林檎から木が生えて、きな臭い世を粉砕し、瞬く間の命を高めては、短絡的な同化を謳うだけの道化どもを打ち倒し、刹那に配られる札束よりも、花束が良いと語るような女は、この世には存在しないのだよと、悲観する俯瞰で見れば世捨て人にしか過ぎないスーツの男は、ドラスティックな家に囚われるよりも、ドラマチックな出会いにより、華々しく散るのが夢らしく、奇しくも邂逅した悪魔に心身を食い尽くされ、なにものこらないものもなく、すべては、そこにのこるためにあるのではなく、あらわれるからこそ、ここで駆逐されるのだよと、のたうちまわる敵愾心や、森羅万象や、心理分析や、真因にからまる引接されるための恋をむしばむ蛆たる者が、問答を繰り返す間に仮死化する意識は、数百年先まで地中深くで眠り、核の雨により羽化し、自らの苦しみを輪唱する神話的な鳥として、口からいかずちを吐き、伴う意味を伴侶にし、半世紀もの苦痛を撒き散らしながら、世界中の人々を悲観的なプロットで構築し、行為に派生する賃金こそすべてと、姑息な意思を世代を超えてまで、撒き散らす勢いは、最後の大王のようであり、史上最悪の独裁者のようであり、阿呆のようであり、頓馬であり、どこまでものろまにさせるのが、情報の役割であるから、すぐさま目も耳も口もふさいで、自らの孤独に帰る。

切望

奪ってばっかりで、
うんざりするんだと、
君が投げかける
たよりない抵抗や、
しずかに語りかける
瞬間に純化されるべき
思いも圧壊し、
間接的にむすばれる
しかめっ面の思いや、
軽減されない痛みが迫り、
エモーションにちりばめられた
メタファーが脳内で加速し、
誰にも止められずに、
張り巡らせられた思いは、
連帯感などを謳いながら、
恐怖に打ち震える面影は、
やがて静謐に行方をくらまし、
成否を求める思いは、
刹那に改ざんされ、
残骸と化する思いが、
今によどんでは、
徒にすぎさるだけの
日々を蛇行する。

かぐわしい午後

もぎたての清純、星座の後にはめ込む音と、数多の雨にゆらぐ清貧な夜、窮屈な二人の愛や、関係にもちいられる連帯感や、刹那にぬいつけられる言葉の影や、挫折感に根ざされたことごとくが、神経を奪いながら、長らくにせまる論理的なものの消失から、伸縮していく思いは、殺伐としていて、低劣なものを用いながら、内面化していくものに応じるだけの日々を跨ぐ。日々を跨ぐにつれ、ずれていく感覚は、罪を還元し、理想を謳いながら、今に迷いを生み出す。堪え難い瞬間に現れる理想から離反し、ミニマリズムに覆われた、瞬間から移行し、罪を組み込まれた海に溺れずに、横溢していく思いにせまるシンドロームや、にせものがひしめく世界への思春期的な抵抗や、吐露されるものが引き出す苦悩やらが、体系的なものを生み出し、今に引き出される苦痛は、頼りないものを体系化させながら、組織的な権力に引き込まれていく卑近な君は、悲観的になりながら、頼りない現実に抑圧され、自らを不自由に変え、不幸な者であると、自らを攻め立てる。