時を乗り越える獣

時間を超える意志的な現れ

崩壊

シンデレラみたいに、貶められるんを、快楽的に消費する社会云々と、自らの正義や、消費的な価値に敵愾心を持つ輩が謳うレイシズム的な排除法や、崩壊していく意識を解放する的なパッションが、やがて思想的に思考停止に陥り、いびつな信念はやがて、軽率な発想を、躁鬱的に操作し、リベラルがかかげる軽々しい個人利用的な付加価値がなんたる悲劇を生みよるんでっか、と過ちは、慢性的な痛みを生むんでんな、とカタルシスにいたるためだけに、なにかを傷つける、という簡単な発想により、絶えず苦しむべきや、と、だれかと同じように苦しむんやで、と利己的な者が示す苦しみを、依存的に感じられんかったら、異常者扱いされるのが、村社会かえ、と緩和しない暴力的な発想はファシズムにひたり、独裁者を生み出すんかい、とかかえた痛みが軋み、身近なものを消費的に痛めつけるだけの気配から逃れるために、嬲られていく身体を放棄し、宇宙的な規律や、時間から逸脱するんやで、とアニミズム的な発想から発生すんのは、むなしい信仰心でっか、と誤りは日常に生えるのでもなく、異常なもんから生まれるんでもなくて、だれかが誤りと定めた途端に、禁忌に変わり、確かなものすら、儀式的に清め祓うべきやというベクトルだけが、正義的なフォースを生むんやと謳うほどに、正義とは異常な正義に変わり、犠牲的に消費される者を次々に生み出し、正義のためなら的な理想とは、大きな偏りに変わるんでんな。

やさしい電車の中

飛び立つ記憶、匂い立つ朝、光は螺旋構造で、森羅万象が孕んだ太陽と愛の緩衝、きわどい夢と、猥雑な無知、未知なる落ち度から星があふれて、ふれあうほどに不思議で、不安ながら、空虚な身体に嵌め込まれる飛行機の通る音、機械的な枷とむしばむ距離、竜巻に乗って、高尚へと至る途中で仲介する者などのほとんどは、もぬけの殻か、物真似ばかりだし、首を折りながめる画面は、場面ではなく、時間を喪失し、虚無へと引き込まれるとか、機械的なものを批判するほどに、意識的に機械化され、飼いならされ続けてきた奴らも同類であるし、どちらも何かに従順で、依存的なのであるし、損得だけだし、忖度ばかりだし、打算的だし、拡散されるものや、格差を用いて、何かを見下すような既製品たちは、攪拌されるべきだと、馬鹿が跳梁跋扈するから、この世は魑魅魍魎の住処なのかとか知らないから、余白に住まい、世界から乖離するか、世界と名付けられたものから放たれ、すべてを捲り上げる。

匂い

辛さ隠して走り去る君、秘密の手帳に書き殴る悩みの香り、すべてを濾過して巻き戻す順序、どこに行ったって、埋められない距離や、運命に反することもできずに順応するなんてことはもうしないで、申し訳程度の賃金で濡れる明日、蓄積する苦悩の順路、荒野では咲かない花が地中でぬくもり探して、はためくだけの枯れた木、覚醒すべきなのに素知らぬ顔して、青臭く感傷的な悠遠をたどり、大地では華々しく咲く話、言葉は邪魔だから眺める空に並べられた不安なんてものは、身体にあずけずに、すべて分散するようにと空気のような関係、完全性がじりじりと迫り、うとましい季節の変わり目、街路で寝そべる音符や、分離する道の先の車、ネオンがきらめいて風邪ひいた夜、寄りかかるよりも速く過ぎ去るだけの時間は、巻き戻す必要もなければ、焼き直す必要もないから、筆圧厚く、ふてぶてしく迫る明日も愛せなくても、どうしようもないことばかりが飾られたベランダ、堕落しても良いし、何もしなくても暖かい日差しが循環し、身体は何か自分のものでないように感じても進む足が重くても、思いに捕まえられないように優しく撫でる風。

悲劇の算用

相互に思いを補完し、完全性を求める惰性な過去から放たれ、離れ離れになる思いは、何かを担うというよりも、そこで似合うもんを求めながら悶絶を繰り返し、日照りを超えて、恵みの雨に濡れ、継続する思いは飛躍を続け、そこで自堕落さを補完するだけの連綿たる思いが構造をも破壊する夜明けを迎えるために、多面性を破壊し、ただ直線的に荒む思いがそこかしこで構築され、口実をも破棄し、語られる以前に、思うということに高揚していく。定められた価値は、分断され、苛む形や、勝ち誇るだけの意味に制圧され、井蛙なものとして、物事の影に隠れ、改善されない苦しみを永久に継続しながら、計画的な伴侶を出迎え、デリカシーがなんやとうながす明日に蓄積される苦悩の奴隷として、憧憬を続けるだけの生命などがなぞる形跡などが、憎悪にみちみちとしてるしで、そこに近付けば近付くほどに、誓いを求められ、連続する苦しみの子供として孤立するだけの枢要な価値を、崇拝するだけの継続などが、ここでの正しさを法として出向くことだけに専念し、法の中でしか、解決を求めぬから、そこで用いられる苦しみの道化として、散漫な形式に浩然と現れるものに攻め入られ、自らをミニマムに憎むことから、言葉の影に攪拌される結末に吸いこまれながら、あらがうほどに深みにはまる君が排斥する過去からトレードされ続けるだけの惰性な精査が用いる正しさを測る行為という哀れさに具現化されるものどもの比率により、毒々しい思いに行いはしいたげられ、信仰するものなどが思想も用いずに、ただ崇めるもののためにためらわずに働き続けることにより、信仰とは空しさを埋めるための儀式にしか過ぎず、自らの過ちを認めることもできずに、さまよう意識は、短絡的な信仰に引きずられ、卑近な価値の餌として、恒久的にさまようという欠如をこうむる。私を崇めるべきだ、と彼や彼女らに告げる。私を崇めた際には、君は君自身を崇めるべきだ、となだめ、あらゆる意味とは、崇めるべきでもなければ、たしなむにも至らずに、ただ現れるものを際限なく愛することを学ぶべきである、と宣言し、専念すべきは、現れる情報を譲与せずに、蝉蛻し続け、現れるものをただ信じるものでもなく、善悪だけで測るべきもないのだ、となだめる先に、誰かの利権がからまって、理性すらもなくなって、なくしたものを必死に探して、探しても見つからないから、と密接に結びつくものが、あたかも正しいことのように語るものこそ、空しいものばかりである、とあらゆる宣言は、生命に起源を与えるべきでもなければ、時間の外に出て、記憶を破棄し、現れるものとは、今に接続され、未来へと永劫に運ばれていくものであるし、あらゆる物質とは、そこでの定めをも破棄し、誰かの価値を破壊しながら、自らの思いをも瞬時に破壊し、宇宙的な調和やらがなんだ、と現れる以前に、ここでの思いから達観し、大差もなければ、与えられた義務などが持ち寄る価値の家畜として、こじれる後先に現れるものにあらがい、愛された記憶が用いるメカニズムを駆逐する。

日常的

能動的であるべき青春も、労働にすべてをうばわれ、権利やなんやとやかましくつきすすむレジスタンスが集める月の端数や、夜の物陰で鳴き続けるフクロウのガイダンスに従い、あやしい情愛などにもつれる理念などが席巻する理由などに暴虐に打ち付けられる理由が、自らの行いを正当化するためにかかげる正義などをなぞる君が枯渇し、散漫な原理がゲリラ化しては、やかましい理由を撃ち続けるから、勝手気ままに生きることを辞め、ただ与えられるもんに、圧力なんかを与えられる限りに陰り、枯れるんが、この命っちゅうもんやからな、と嘆く君を押さえ込むような言葉に騙されるんやないで、となぐさめる黒猫の哲学者と語り明かす原理的な定めが生み出す敵愾心などに従わんと、短絡的な動機に同化することにより、この命とは理由を求め、理由を失い、利用されるだけに至り、いたわることを辞め、ためらうだけに至る現在に襲いかかる卑劣な理念などが、理性を奪うんやから、かなわんな、と懐疑的に生きるべきやねんて、となぐさめても、次々に襲う疑念を対処できへんから、病める者どもの門構えや、悶絶しよる間にせまる老いなどは見世物であり、偽物であり、時間の外に打ち付けられる意味などの移民ども、とドラスティックな感情をうながすようなレイシズムやらが、狭い価値を、改めて傍観すべきである、と謳うような連帯感や、連続する否定的な生は、接続される批判的なものにより構成される正しさこそが、正義の基礎である的な顔して、自らのプロセスを踏み躙るような不眠的な斡旋や、悠揚な真実が攪拌する真理や、改善されずに、滑落していく思いは、支配されることだけを目的にし、誰かに操作されることだけが、隠された快楽をくすぐりまんねん、と各地に偽装される支配的なものの影で腰掛ける偶像の老婆や、偶然をよそおい、多目的な理由に示唆されるものだけが、自らを教唆する権力によりかかり、改善されるよりも、より良く退廃させるような情報により、脳にとろみなんかを与え、絶えず襲いかかる罪の意識や、寄りかかる儀式的な定めや、デリカシーなんかを謳いながら、誰かが用いるものを批判的に乗り越えることも知らんと、信心するんやで、とうやむやにせまる価値の家畜として、犠牲的なホイッスルにだけ反応する便利な身体がかかえる画期的な苦しみの奴隷として、道化としてあらゆる罪をクッキングする私は、支配的な原理のいっさいに従わんと、散漫なままに隠された意味の裏側で基礎などを謳うもんが羨むもんなんか、空疎なもんやし、ニヒリズムを加工させ、用済みな自分を愚かだとも思わずに、そこでの正しさを求めることも知らんと無知なフリをして、犠牲的で井蛙なままのが、生きやすいんやで的な改ざんこそが、ずさんな真理を生み、ずたずたにされた身体を卑近に引きずりながら、義務的な様相が打ち出す真理などが加工する森羅万象などに攻め入られ、正義すらもそこない、そこかしこに過信するもんをあつらえながら、あいまいに指導され、強制的な支配により、便利になった精神などがかかえる闇や悔悟を打ち倒さん限り、ここで開くものも無ければ、そこで束縛されるだけやし、退廃することだけが、対価を求めるだけのゲームでしかないから、満足ばっか求める馬鹿が焙煎する蓋然性や価値観に屠られるだけやねん。

かさばるふたり

君の透明な肌にふれていれば、不安なんてすぐさまどこかに行って、心地よい風なんかにふかれて、カーテンひらひらゆらいで、時間なんて忘れて、わずらわしいものすらなくて、ここがどこかとか、ここに何があるかとか関係もなくて、かよわす思いは果てしなく、発掘する思いは主体性すら捨て、君と同一化する必要もなくて、何かといっしょだとかと比べることもなくて、空腹や空白すらなくて、からまる物事に統合される必要もなくて、ただあわさる限りに間に合うものばかりであり、マニュアルすら不必要で、静謐に見上げる空は荘厳で、重心すらいらず、見当たらないものや、足りないものなどや、立場すらいらず、いたずらに時を加速させ、枷をはめ、制限を与えられるだけの堕落した動機とフラクタルであるよりも、あらゆるものから解き放たれるふたりだけの空間はフカフカだ。優美な関連性がまじわり、あたたかな陽だけど、なんか冷たくて、感じるほどに、感覚はにぶり、憎しみばかりが深まるけど、かかわるほどに、限りあるものであり、そこで感じたものなど、確かなものではなくて、そこで儚くまじわる思いにはまり、錯乱しながら、真理すらも打ち砕き、確かなものなどないから、阻まれることもなく、理すらもあいまいで、あたかも確かなように崇めるだけの人や、偏った思いを用いて、何かを叶えるために強要し、強制する者から放たれ、ふたりで加速する思いは、用いられた名ばかりの愛から放たれ、確認作業すら不必要であり、同じであることから解放され、信用などを求める必要すらなくなる。

夏の銀河

子供たちは、他の国に解放された。荒れ果てて寂しい町で君と出会ったが、僕も君もいっしょに居ても、いつも寂しそうで、埋まらぬ思いは、ずっと空白で、世界とずれて、いくばくかの所以などと混ざりあって、血合いを行う漁師たちが孕む狂気などを荘厳だって、君は夕焼けにこしかけ、海に反射する光をながめながら、生きるとは、ただ長く敷衍させているようで、退屈だって打算するから、多感な旅を終えたモグラに乗って、土深くに宿る寝屋、ねむる幼虫などと真理について語り合いながら、物事や文言とは、地中に宿る的な勘違いを孕みながら、長いだけだね、生きるってって君に言ったって、聞こえてないようで、要するに物事とは不変なようで、小さなところでは、大きな流れがあり、大きなとこでは、小さく繊細な感じがある的な発想では、科学を乗り越えられず、神秘主義的なものにとどまるから、ここにあるものとは、アンニュイでずっと自堕落に昼寝して、明日は明日で考えれば良いし、ここにとどまって、考えに耽るよりも、老け込んでもなんでも良いし、どうでも良いし、どうにでもなるしで、一切は意味のないことの繰り返し的なニヒリズムに陥るよりも、ゴッホ的な昼をむかえて、昼めし食い、空腹を癒したら、タナトスを抑え込むために、アナクロニズムな連中が揶揄するものを否定しながら、批判的なありがとうを吐き出し、破壊的に加算されるだけの堕落したシステムを、ダリ的に乗り越えるために、頭の中を這いずる正常さをうたうような左脳的な政治性を破壊し、右脳を乳母車に乗せて、ネガティブな象が羽化するギターの音にあわせて、無害な告訴を続けるんだ。