昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

愛を愛として手懐ける前の愛


 リアリズムも死に絶え、妄想し続ける先で交換されるための機械仕掛けの身体を引きずりながら、ヒステリックに泣き叫ぶ動物たちが暴れる夜と同質なものを探している物質主義的な彼女たちの空間をゆがますような、リズミカルな衝動がぶつかり、センチメンタリズムを消費するだけのケロイドした補完されるためのこころを持ち合いながら、求め合うための愛などを語るだけの夜に等差を生み出すためのリアリティーを破壊するために、私とは存在するのだ、と妥当な位置から持ち出される問いが、打算するものなどに引っかかれ、破傷風になった身体が直訴する終わりへとつながる汚穢を引き出すための便利な身体を互換するための平等を用い、求め合うために退行していく意識が生み出す多幸感などが安易な快楽を引き出すのだ、と性悪説を唱える亡者どもが徘徊する深夜に動揺し続ける精神は、信仰心を煽るばかりで、確かなものすら喪失しては、妨げられる精神をとがめるための利口さを持ち寄り、行動をできなくさせるための嗄声がなびく真理も嗚咽を促すような時代的な完結をむかえるべきだ、とうながすようなバリケードをはり、蔓延る悪意を充填するための革命の名残から、名前も喪失し、もういらなくなってしまった精神が敬神へと至るまでのひびき観測するための軌跡を徘徊する動機すらも破壊した後にひろげた翅の美しさを詩的に数える冬に偽装される言葉たちが亡霊と化し、換算されるだけの日々を纏う君のドレスを引き裂くための、互いのシンドロームや、リストアップされるほどに、ここで非道にみちびかれるだけの観察されるための日々を思い、嘔吐をくりかえす君の散漫な形式によぎるエチュードや、何かの道化として、おどけていた日々も、おかしくもあり、残酷でもあったな、と語り明かした夜に住まうタナトスとの最後の会話に残されたニュアンスに連動していくものが、ここでわずらわしく反響するから、考えとは、過ちを引き出すのか、と加算されるだけの原因などは、ここに何も影響を施さず、ここで縫合されるままに真実として受け入れるものなどを経過していくだけの過ちを創造する私たちに誤りがあるかの、と有する価値などは、今に捨て去るよりも、そこで用いられたもの本体を捨て去らない限りは、本質とは変わらずに、そこでの過ちの景観に住まうだけで、過去に置いて行かれ、そこで知恵を重ねても、次々に裏切る者どもの群れや、朦朧していく意識が地を這い、配下に下るまでの経歴を追うよりも、そこでひるがえすために破壊を加速させるためのためらいを生み出し、操作されるための身体にうながされる電流により、操作とは簡単に行えるのです、とあんたの大切な人が体系化し騙るまでの道筋にヒストリーなどは無く、ただ破壊されるままにままならぬものを受け入れることが、価値など、とうながすような者どもの理屈を受け入れることだけが、正しいことのように占領される精神を否定するために私とは反社会的な楽園をめざし、介在するよりも、改ざんされるだけの世界を、世界として認識する以前に、ここで分裂するままに、たっとぶのです、とただ飛ぶだけではおもしろくも無いから、マインドコントロールされやすいたやすさを優しさで引き取るような付近に迫る不羈な者として、思いを屈折させるままに間違いを加工していくだけの品位がうながす美徳などは、鬼畜を生み出すための文言であるし、築かれたものなどは、何かを隔てるための囲いであるし、あらゆる壁で囲われた途端に安心する、という恐怖からの逃避行動から、盗用されるだけの言葉を愛しているかのように示すようなアカデミズムがゆがんだ権力を用い、知を用いることを殺めるようになった途端から、誰もがえらくなるためにえらそうにふるまい、何かを用いることこそが、ここで豊かさを誇示することだけが、形而上的な進化なのだ、と弁証法が騙る間に感慨深く泣いたふりをする嘘吐きの私は、私であることすらも嘘のようにふるまい、適当に適度なものを奮い起こすために、ふるい落とすべきだ、と資本主義的なお粗末な昇華をめざすよりも、散漫たるままに、寛容さに世界を支配するための言葉を製造しながら、しなびたファッショをかかげたとしても尚、そのかかげた自らにすら反するからこそ、善悪などは不必要であり、私以外ほとんどは不潔であるからって清潔であることをめざすよりも、自ら不潔であることに同化することをめざすよりも、私は私が選ぶことに不潔さや、清潔さなども求めないし、やがてかすむだけの成否にもとづくエゴを着込んだ老いなどで、防御したり、攻撃したりするのもダサいから、大抵のことなんてどうにでもなるし、どうでもよいことの断続で、そこで答えを率いたとしても、ほとんどはダサい奴ら自らの解釈で、すべてを破壊するのだから、たまったものではないのである。愛は愛として名付けられる前がいちばん愛であり、愛は愛であることを美しいなど、と思わない。

手懐けられる前の愛


 リアリズムも死に絶え、妄想し続ける先で交換されるための機械仕掛けの身体を引きずりながら、ヒステリックに泣き叫ぶ動物たちが暴れる夜と同質なものを探している物質主義的な彼女たちの空間をゆがますような、リズミカルな衝動がぶつかり、センチメンタリズムを消費するだけのケロイドした補完されるためのこころを持ち合いながら、求め合うための愛などを語るだけの夜に等差を生み出すためのリアリティーを破壊するために、私とは存在するのだ、と妥当な位置から持ち出される問いが、打算するものなどに引っかかれ、破傷風になった身体が直訴する終わりへとつながる汚穢を引き出すための便利な身体を互換するための平等を用い、求め合うために退行していく意識が生み出す多幸感などが安易な快楽を引き出すのだ、と性悪説を唱える亡者どもが徘徊する深夜に動揺し続ける精神は、信仰心を煽るばかりで、確かなものすら喪失しては、妨げられる精神をとがめるための利口さを持ち寄り、行動をできなくさせるための嗄声がなびく真理も嗚咽を促すような時代的な完結をむかえるべきだ、とうながすようなバリケードをはり、蔓延る悪意を充填するための革命の名残から、名前も喪失し、もういらなくなってしまった精神が敬神へと至るまでのひびき観測するための軌跡を徘徊する動機すらも破壊した後にひろげた翅の美しさを詩的に数える冬に偽装される言葉たちが亡霊と化し、換算されるだけの日々を纏う君のドレスを引き裂くための、互いのシンドロームや、リストアップされるほどに、ここで非道にみちびかれるだけの観察されるための日々を思い、嘔吐をくりかえす君の散漫な形式によぎるエチュードや、何かの道化として、おどけていた日々も、おかしくもあり、残酷でもあったな、と語り明かした夜に住まうタナトスとの最後の会話に残されたニュアンスに連動していくものが、ここでわずらわしく反響するから、考えとは、過ちを引き出すのか、と加算されるだけの原因などは、ここに何も影響を施さず、ここで縫合されるままに真実として受け入れるものなどを経過していくだけの過ちを創造する私たちに誤りがあるかの、と有する価値などは、今に捨て去るよりも、そこで用いられたもの本体を捨て去らない限りは、本質とは変わらずに、そこでの過ちの景観に住まうだけで、過去に置いて行かれ、そこで知恵を重ねても、次々に裏切る者どもの群れや、朦朧していく意識が地を這い、配下に下るまでの経歴を追うよりも、そこでひるがえすために破壊を加速させるためのためらいを生み出し、操作されるための身体にうながされる電流により、操作とは簡単に行えるのです、とあんたの大切な人が体系化し騙るまでの道筋にヒストリーなどは無く、ただ破壊されるままにままならぬものを受け入れることが、価値など、とうながすような者どもの理屈を受け入れることだけが、正しいことのように占領される精神を否定するために私とは反社会的な楽園をめざし、介在するよりも、改ざんされるだけの世界を、世界として認識する以前に、ここで分裂するままに、たっとぶのです、とただ飛ぶだけではおもしろくも無いから、マインドコントロールされやすいたやすさを優しさで引き取るような付近に迫る不羈な者として、思いを屈折させるままに間違いを加工していくだけの品位がうながす美徳などは、鬼畜を生み出すための文言であるし、築かれたものなどは、何かを隔てるための囲いであるし、あらゆる壁で囲われた途端に安心する、という恐怖からの逃避行動から、盗用されるだけの言葉を愛しているかのように示すようなアカデミズムがゆがんだ権力を用い、知を用いることを殺めるようになった途端から、誰もがえらくなるためにえらそうにふるまい、何かを用いることこそが、ここで豊かさを誇示することだけが、形而上的な進化なのだ、と弁証法が騙る間に感慨深く泣いたふりをする嘘吐きの私は、私であることすらも嘘のようにふるまい、適当に適度なものを奮い起こすために、ふるい落とすべきだ、と資本主義的なお粗末な昇華をめざすよりも、散漫たるままに、寛容さに世界を支配するための言葉を製造しながら、しなびたファッショをかかげたとしても尚、そのかかげた自らにすら反するからこそ、善悪などは不必要であり、私以外ほとんどは不潔であるからって清潔であることをめざすよりも、自ら不潔であることに同化することをめざすよりも、私は私が選ぶことに不潔さや、清潔さなども求めないし、やがてかすむだけの成否にもとづくエゴを着込んだ老いなどで、防御したり、攻撃したりするのもダサいから、大抵のことなんてどうにでもなるし、どうでもよいことの断続で、そこで答えを率いたとしても、ほとんどはダサい奴ら自らの解釈で、すべてを破壊するのだから、たまったものではないのである。愛は愛として名付けられる前がいちばん愛であり、愛は愛であることを美しいなど、と思わない。

代用品としての品格

誰もが環境によって、
状況によって歪んでいき、
自らを苦しめるか、
誰かをおとしいれ、
自らの苦しみの代償としての、
いけにえとして、
自らの代わりに、
誰かを捧げ、
自らの苦しみを昇華させることに、
違いすらなく、
どちらも正しくもあり、
間違いでもある。

朽ち果てるための雨


 時間を切り刻んで、空間に住まう簡易な存在を示すだけの時間から放たれ、蔓延る悪意を充填させるだけの正義が用いる善悪から離れ、自ら考えることにすら怪しむような猜疑心に包まれているだけの被害者意識を仮想させるための空間に収まり、区間を仕切るための壁としての存在として、あらゆる根源を焼き尽くすための悪の権化として、混在する意識を損なうための憎悪をたぎらせるための絶え間ない後先にあつらえられる痛みを連動させるものがシステマチックになり、一貫性を失い、そこかしこに悪意を充填させ、充満する意識が形式を覆い、すべてを利己的に黒に染め、とどまらぬ怒りを膨張させ、位階を生み出し、倒錯していく存在は、抵抗することを辞め、ただ流れるままに至るべきだ、と流されることを良しとするほどに自らを見失い、存在自体を枷に感じる。かじかむ身体を自覚できずに、混沌としていく意識に備わる等差から、相互依存していくだけの愛などは、愛に至らずに、愛と名付けられた途端に、互いを破壊するための経路をたどり、保つべき愛とは、保たれるべき愛を用い、愛であるが故に、愛で愛を破壊するためのコード生み出し、互いの意識が引き裂く間から、あいまいなマインドに措置される毎日の契約や労働からの解放を強請る強迫性障害的な抵抗から、適応できずに、生じる由縁に苦しみを巻き込み、反復する悲しみは、反芻しきれずにあふれるのだ、と妥当な位置から配される苦しみの敗因を調べるほどに、森羅万象とはおどけ、形容されるものに契合されるための存在であるお前などは、瞬時に畜殺されるのだ、とたっとぶようなペシミズムを加算させるだけの原理などは、今を理解することすらできずに、ただ暴力性を生み出し、加速する苦しみにより屈折していく精神は、何かを大切に思うが故に破壊してしまい、破壊されることの恐怖に耐えかねずに、自ら壊すことで、そこでの恐怖をさえぎるための強迫性が次々に迫り、償いを求めるほどにとめどない暴力性は、制度をひるがえし、用いられる苦しみに連関していく意識的な過ちから、そこで誤りだ、とうながされるものなどに捕縛され、監禁されるだけに至る精神は、自らのニヒリズムに耐えかねずに、何かを破壊することで昇華される苦しみとは、創造的に昇華されない限りは、何かを破壊し尽くした後にも、破壊を重ね、反抗的に至るほどに、犯罪に転じ、敗残していくだけに至るのだ、と妥当な正義は、惰性に答えをみちびき、自らの罪を認めるべきだ、と騙ることにより、法を強固なものにし、憎むべき悪とは、憎しみを生み出す正義により措置される機械的な道理であり、騙られた童話により、興じられたものが、延々と不吉な予感をたずさえながら、何かを押さえ込むことよりも、そこで包括し、差別的に裁くよりも、侮蔑し、分別するよりも、蘇生をうながし、奪い合うためよりも、与え合うよりも、孤独であろうが、孤立しようが、お構いなしに、自らが選ぶものを堅持し、誇示するよりも、解き放つことに懐かしむことを置かずに、名前を与えずに、宛ても無くさまよう辺りにたゆたう思いは、退行せずに、対立を終え、対比されるよりも、昇華をめざし、唱和されるものに同調するよりも、道理をひるがえすよりも、そこで落ち着くよりも、どこにでもいて、どこにもいなくて、そこかしこにあって、理想をあてがわれるために、そこで呼吸してるのではなく、無いもの有り、有るものは無く、内外に果てる瞬間的な飛躍かラ、駆逐されずに、自由を報じるよりも、何かを屠るよりも、何かを葬るよりも、ここでこうむるものを引き裂き、時代などは無視し、歴史などは、いっさいの過去の中に収まるための形容でしか残らず、そこに有るものなどは、すぐさま無くなるのだから、カラカラのままで、理解を謳うよりも、乖離しながら、理性を用いずとも、理性的であるが故に、何かを愛することに妨げられるだけの愛などは、幼稚な策略を続け、そこで永続するはずもない、と諦めながら、継続される愛などを経過していくために老いるなど、考えたくもないものだね、と途端に折り返す闇から現れるこじれから時系列をゆがませるほどの効力を用いるような言葉の彼方で、理論的なものを屠りながら、抱擁し合う先に現れる存在のあいまいさに敷衍していく疑問だけを加速させ、些細な出来事に長じる由縁などは、そこでの現実性を蓄えるほどに、自らをあいまいなものに変え、ままならぬ精神は、そこでとがめられるだけに至り、いぶかる先に現れる苦しみを恒久的に指南するような悪へと転化していくだけの正義が今を区切り、何かの犠牲として、よろこんで死ぬべきだ、と馬鹿どもの理屈に淘汰される以前に、何かに問い質される前に、何かを読み聞きしていくほどに、自らの精神とは、腐るのだ、よ。

すこし、わたしのはなしをしよう。

わたしの、はなしをしよう。

あつかましく司るものが、支配を続けるのだ、と妥当な権力を暗示的に反するためのコードを活用し、独善的な支配へと帰属させるためのルールを寄贈するだけの段落が放つような毒性のエゴなどが、今を狂わせる、まる