昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

焦げ臭い生命


 自由なんてどこにもおまへんって君は噛みしめる夢みたいな現実、つまりは、束縛された時点で堅実な浪費を続けるだけに保たれる生命を継続するための論理に拘束されるための事実を証拠に残すための現実たるものを、互いに狩るためのことごとくを、あたかも確かなもののように変換するための儀式的ななにかを終えるための日々を延々と引き伸ばすんかいと、換算されるだけの暗澹とした、あんたとの日々もしまいやなって、なじる瞬間に厭うだけの事実を嫌悪しながら、芝居を続け、あたかもしあわせなような表情で、愛してるのではなく、ただ君の身体を欲しいのですと、正直には言えんからこその、芝居を終えて、散漫な形式が生み出す景色が打ち出す普通とは、退屈そのものであるし、あらゆる偏見を生み出すだけの普通こそが、偏執しているのであり、事実に固執するが故に、普通とは絶えず恐怖を生み出し、どっかにジャンプすることを、自由やなんやて、ペシミストが騙るから、暴利を貪るだけの輩が生み出す排除法により、控除されない苦しみが偏向させる精神は、敬神に入り浸り、悲観するだけの生命が唾棄する事実などに攻め入られ、生命は制限を生み出し、自由を求めるほどに、自由からはもっとも遠ざかり、もつれるだけであるし、そこかしこで熱したチーズみたいに、びょんびょんと伸びたいやらしい僻みや嫉みなどが即座に毒づき、何かを守るために摩耗される精神は、形式的なものが打ち出す憎悪の虜になり、正しいとされるものを保つための形式的な正義に酔い痴れるための正しさの奴隷として、あらゆる偏見の転化を執り行い、利己的な祝福により、修復されるための世界を形成し、描写されるものの中にとどまることだけが、事実に偏りを生み出すことを知らずに、そこで保たれることこそすべてと、うながすだけの輩が改造した世界などは、正しくもなんともなく、虚飾と虚栄と汚職に後続していく苦悩が打ち出す構造的な幻想から、変装してまでも逃げ惑い、すべてを投げだし、曲げない精神をかかえこんだ日々が徒に消費され、悔恨を打ち出すために攻め入る正しさとの差異に気が滅入るよりも、ここでの新しい示唆をよろこぶためだけに、生きていることを生きるように仕向けるような美辞麗句にすら反し、こここで関するものすべてを裏切ってまでも、自らが正しいのだと叫ぶことにより、この世界をよりよいものなどに変えようなどとは思わずに、自らの変革のためだけに、世界をも含めずに、ミニマルな自己の彼方で、暴虐に打ちのめされるのを絶えず傍観し、達するよりも尚、超越することだけが、謁見するものに反し、関する間に証拠も残さずに逃げ惑うことにより、ここの人間と名付けられただけの物質的な憂慮から抜け出し、この情報が錯綜する憂鬱に関さず、感覚だけを延々と研ぎ澄まし、永遠からも逸脱し、誰かが算段した時間などは、やがて生じる無により、吸いこまれ、有頂天になりながら、いっさいに吸いこまれ、いっさいは、いっさいでもなくなり、そこにあるあやゆる闇すらも飲み込み、自らの不自由を嘆くよりも、この長い夜に反し、死に追いやられるよりも速く、ここでの行いに耐えることで遅くなるだけの風景から放たれ、君は君で居ることで女々しく感じることもなければ、君であることに悲しむ必要性もなく、そこでの制度に付着するだけの汚い成分により、古くさくなるよりも、くたびれたままで、裏切られたままでの、そのままでも、そこまででもなくても、そこかしこにあって、そこにはなにもなくて、あるものななく、ないものがあり、ありがたくもなければ、おおいによろこぶような寛容さだけが、今を打開することもなければ、静寂に静まる誠実な夜だとか、妥当なリズムに身を預けるよりも鋭く、ずる賢く、あるいはこどものように騙され、打算的な奴らの屍肉をむさぼるコンドルに乗り、昏倒する意識の袂を連ね、踵を返す君みたいに、華麗に逃げる姿が美しく、打ちのめされる前に逃げるのだ!!逃げ惑い、足跡すら残さずに、誰かに知られないために、試練などに騙されないように、あらゆる経験を謳うだけの亡霊どもをかき消し、誰をも信じて、誰をも信じずに、自らを裏切りながら、信じることで、信心しないように。