昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

鈍感

思い出を、おひたしにして、絶え間ない時を胃に収める。どんどんと膨らむ思いの端々、豊かな離散を繰り返し、機械的な空腹を抑えるために、貪婪で不吉なエゴに制限を与える限りは、そのままであるし、あらゆる痛みを加工するだけの人々が絵空事なんかを促して、ただ奪われるだけの日々で、清潔を保つんだって、良い靴も持ってないのに、依然として、世界というのは、自分勝手なものであるし、自分がままならぬが故に、他者に責任転嫁したり、縋ったりしながら、そのまま錆びたり、くたびれたり、くたばったりしながら、我々もただのがらくたであり、こうであることを、こうであるべき姿のウソに気づかぬフリをして、それこそが真実だとして生きているのか?この原始的で理不尽な怒りの中で、偶数の水路や、夥しい痛みなどに平伏す前に、悲観的にならずに交わす握手に、憎しみも歌う住居に、ニセモノのふかふかのカーペット、涅槃から借りた真理ひとつで、文明は、ここまで栄えてしまって、支配的にならなざるおえなくなって神は、自分たちの背中だよ、と横溢してくる時間との煩わしい衝突により、憎しみばかりの人々は一時的に避難して、こな悪夢のような時間から逃げ去る。