昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

アレルギー

閨閥的なものがのさばり、あたかも自分たちは選ばれた人間のように勘違いし、ただ生きている限りは同等な我々は間引きされ、搾取され続けては、憎悪を溜め込んでいく。宦官どもは従順に閨閥たちの言うことだけに従い、市民はいつも官憲に虐げられ、正しくないことも、法が正しいということだけを正しいもののように扱う限り、全てを見誤る。エリミンを食ったニーチェのような真理、下水からあふれる世界の匂い、高貴たる者とは、永遠に探求をし、短絡的なエゴと同化せず、人とは求めるものも位置も違うと騙る連中のカタトニーや、アレルギーなんかがイデオロギーをこじらせて、住まいをめちゃくちゃにするような誤りからを繰り返すが故に、閨閥が浸透させた労働による喜び的な呪詛から逃れるために、自らの意思だけで踊り狂う。曇天の中を進む君の後ろ姿、子供たちがはしゃぐ騒々しい今朝のリズム、無数の幸せをムシャムシャと食べるヴァンダリストの人々、カルシウムでできた街路樹を越えて、真偽に基づかずに迎合され続ける義務教育なんか幼い頃から信じちゃいなかったから、誰の言うことも聞かずに、自らの意思だけで超越し続け、教わるよりも、自ら知りたいと思うことを自らの意思で勉強し、選民思想が織りなす閨閥こそを崇め、宦官として従順に生きるのだよ的な思想を植え付けるための教育よりも、自ら知りたいと思うものをのびのびと創造的に昇華させる訓育により鍛えられた私は、対価などはクソ喰らえだし、これくらいの価値だから、給与はこれくらいだと語られるものの多さも少なさも関係なく、くたばれば皆同じ死を纏い、死すれば天国も地獄も、自堕落であった日々も、正義を語り、悪を嘯き、自らを正当化するために無神経な正義を貫くために、犠牲的な刑期にカタルシスを求めるだけの打算的な正義の物々しさを超えて、猶予なんかを持たず、瞬時に終える先には、世界は前衛的なものの鳥籠の中に入れられているだけに満たず、私たちは作られたわけでも偶然の産物でもなく、この必然性の中で楽しむことだけを義務とする。その義務さえあれば、厳しさを謳うだけの悲観論愛好者どもに隷属せずに、世知辛いものだと信じ込まされていたという毒素は抜かれ、優雅に踊り、勇敢に立ち向かい、戦って死ぬことすら可能になる世界に全く新しい価値を作り、全てを刷新する新たな試みだけが、よろこびを生み出す。