夏の素材
蝉の大合唱が、真理をも駆逐していく。あらゆる機会を容易に踏み潰しては、密接なものを瞬時に裏切り、循環していくものとは、物事に戸惑いを与えながら、意識と身体は分離し、刹那を噛みちぎっては、一体化などを謳う政府のウイルスに磔にされた肌の感触や、空虚な感動により、だまされた思春期の彼女たちの憐憫にふれ、敏感なものほど、残酷になにかを駆逐し、ぬりかえるということは、夏の蝉により、明晰に理解し、分断される意識のコンビニにたむろし、情報により、譲渡されるものに垂涎する輩の解除方法が、メールによりとどく、悔悟の夜は、解読不可能だし、出し抜けようとしても、針の引っ掛かりにより、もがけばもがくほどに、残酷に食い込む針のめり込む音により、残酷に気配は、背景を消耗し、排斥する行方に永遠性を与えるだけの時間から抜け出し、自らの正しさに行き着き、つくづくにせまる余韻が、インタラクティブに交わされれる愛が刹那に捧げられ、かじかむ余韻が陰鬱に消費され、連関していくものが枢要さを携え、延々と演繹を続ける演技やら、なにもかもが接続され、軽減されない痛みを摩耗していく。