昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

不羈な者

やりたくないことは一切しないで、大きなナメクジみたいに生きて、ジメジメせんと、並木道を優雅に這いながら、コーヒーの雨ん濡れて、ヌメヌメした帰り道、乖離した主体性の典雅な模様や、欺瞞ばかりでパカパカと走り去る馬どもの理屈や、太い足して騒ぎ立てる牛たちの愚鈍な様子や、祝祭の後をなぞる幼稚な連動性によって、この体系的な世界では、自らの正しさを誇示しよるし、なんかそんなんめっちゃ退屈やから、追従せんと、あらがう隙間に現れる空の色や、火傷して屈折した催しが、運動的に世界を否定し、自らを卑下する間にすれ違う様子が、なんか鋭利なもんやから、僕は閉鎖的で、平均的な夜にとどめを刺して、ブラックホールに帰宅して、空疎な自分に補完される憐憫なんか無視して、弱者が弱者をいじめたおすようなメタ言語的な競争から抜け出して、はびこる悪意を共通化させるバビロンから乖離するよりも高く歩く僕は、見下すよりも見上げるよりも、ただまっすぐ前見るから、たまにはぶつかりもしはるし、差もあらへんから、変革なんか叫ばんし、バラしても、なんか垢抜けんもんやでって、適当に走り去るし、簡単に消費されよるから、寄ってたかって縛りつけるんやろし、宿無しやし、やっとこさ出会ったし、明日もあるかわからんし、笑うんがセオリーを砕いて、飲み込まんと吐き散らすんが正解やし、解説もいらんし、回線も混濁しよるから、てきとうに喚き散らすよりも、遊びまわって、遊びつくしたから、静謐でじっとして、たまにはゆらいで、愉快であるから、あらがうよりも調和するよりも、なにかを感じ還元するよりも、快感にひたるよりも、ひたすらに意味なく舞って、間違いも知らんし、知ったかて、知り得るもんなんか、知れてるし、失敗したからって、それがなんですのん?言うて、イバラの道か知らんけど、しばらくはほっといてって、勝手気儘ですから、縛ることも、縛られんのも嫌ですから、契約を結ぶんも、約束も嫌やから、行方をくらまして、誰にも捕まらんように、ふわふわと行き来するんです。