昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

犠牲的な伴侶


 断続する形式が孕む国家的なずさんなプログラムから解放されるのだ、とアナーキーな闘争の青臭さや、悲劇的な次元にたむろする征服欲やらが、次々に支配しようと目論むような用途からの解放を願うべきなのに、次々に現れる欲に支配され、欲動し続ける先に現れる快楽からの解放をめざさずに、ただ現れるものにさえぎられるほどに保身を生み出し、行為にもとづくエゴから、迎合されるための意思にたむろし、退廃的な呪詛から、次々に樹立されるものにつぎはぎにされた身体に補完される快楽的なものの傀儡として、テクノロジーの呪いから解放されるのだ、と宗教的な方針をまとった罪の意識に迎合されるだけのロジックから自由になるべきなのに、何かを祈ることで自由になった気でいるような感覚に陥るほどに、王道を歩き、徘徊するまやかしや、やましい思いに虐げられ、深層心理を破壊するための思想的な根源がこげつき、偽装される真実や、心象に浸食していく現実的な毒素から、動静を探るほどに憧憬に至り、自らを喪失し、相互するものに補完されるほどに交換されるための存在をすぐさま消去するために補完される愛などは、疑いを生み出し、互いを排除するための絶え間ない軋轢から、あいまいに支配されるほどに轟々とうなるこころの中で排除される自己を排斥するほどに、増していく快楽を邁進させるサイクルから逃れるために叫ぶのだ、と妥当な位置から配される革命的な高尚さを求めるような計算式や、枢要なものを排除しても尚、ここで継続されるものなどが語る歴史が果たすべき義務などを謳うほどに、幼稚なたくらみは、暴力的な制度に利用され、領土を奪うために補完されるよろこびが、生きている、と騙るような仕組みがいじらしくからまる関係性に補完される理由などを縫合し続ける先々で戒律を生み出し、ここで解消されない苦しみを繰り上げ、汎用される血族から、接続されるほどに、同じ値などは存在せずに、そこでし損じていくだけに至るほどに痛むこころを徘徊していく足りない愛などが空疎にうごめき、運動的に自立しては、恬淡なままに同意されずに、契合されずに、ここで果たすべきものすら持たずに、用いられるものに後続していくほどに食い込む意味や、くたばる先々で配される愛がやがて憎悪に変わる瞬間や、質感すらもそこない、そこで奪われるために生まれた運動から解放されるべく、そこで何も恨むな、となじり、案じるような主観が生み出す等差の輪から解放されるべく、ベクトルは、正義を持たずに、用いられるものにいらだつほどに、補填される苦しみは、次々に償いなどを求め、配される間にあいまいな愛を補完し、屈辱を溜め込む厳正な時に交わされる言葉などが、今を拘束するだけに至るような呪詛から、受精する意味が、やがて確かな子を産むまでの軌跡こそが、美しいものである、と専横するための世界を認識させるだけの空間たる箱を突き破り、与えられた時間に還元される前に、この空間を簡易に宿すだけの次元を引き裂いて、次の世界へと飛翔する精神は、宇宙という概念を飛び越え、偏執し、自らを編成する先々で偏愛するだけに至るような刹那を切り取りながら、帰路を廃し、廃滅するために悶える隙間に燃えさかる情念の嗚咽や、終えるための儀式である、この生のサイクルから逃れ、放たれる間に求め合う愛などは、互いを愛するわけではなく、そこで求めることにより、増していく情念のプロセスに溜め込んだ澱みなどを汲み取るためだけに、何かを愛しているかのように仕向けるような愛が生み出す姑息な執念により、ねじ曲がった愛は、偏執的な自己愛を深めるためだけに、何かを燃えるように愛すのだ、と語るようなオーケストラの最中で高尚なオーガズムに至るような創造的な昇華から、聡明な時折に織り込まれるもののすべては、ただ介するほどに、下劣なものであるし、介在するほどに退廃するだけに至るし、そこで用いられる善悪や生死などは、途端に関するほどに、まがいものに変わるし、求めるほどにとめどなく配される愛に屈折するだけに至るし、やがて、勝つも負けるも同調することだけに偏り、縁取られ、枠にはまり、自らを喪失し、自らの居場所を探すほどに、自らから乖離し、理解を求めるほどに、解放とはほど遠く、自由ということばにより圧迫され、自らを破壊するだけに至る。