昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

歌声

ブラーの歌で壁にぶつかりながら、なよなよとした主体性があびるように飲ませるアルコールに沈む君の姿、吐瀉物にまみれた彼女の化粧台、キングとクイーンがダンスポップでゆらぎ、倒錯していく心理を無作為に食べ尽くす果て、言葉がシナプスを爛れさせて、経済的な観念が意思を迎撃して、延々と演繹していく先々でサフランの香りがする概念にすれ違い、隠微に染まる結末に喘ぐジレンマ、慢性化した病の果てに、punxみたいにたくさん頭に鋲を打って、ドロジャンみたいな脳で再生され続ける物語、ライダースを着た赤い猫が放つ言語には、なにか優しいニュアンスが拡散されていて、HRギーガーの絵の中で攪拌される世界的な夕食、軽薄な理論武装により、現前に立ち尽くすニセモノの主体を加算させるための規律なんてものを重んじるから、私たちは依然として政治の外に出られずに、誰かに責任を押し付け、自分が苦しんでいるのは、絶えず誰かの責任であるとか大声で子供みたいに泣き叫ぶから、君の世界とは絶えず不満ばかりで、孤独がこわいから、子供みたいに暗闇の中でうらめしそうに、羨ましいから、泣くだけに至るような社会的な幼児性を精神分析するために、私たちは神になるのです、と嘯く宗教的な補完から逃れ、欠乏し、欠如するからこそ、この命は姑息にも生きながらえようとするような質朴な要素をたぎらせ、核融合や融和や、アノミーや永遠に制限されないテーマや、裏切りや、敗残の果ての、落ち着かない精神の波形なんかを観測して、静謐につのる面影を中心にして、現在を絶えず飛び越えていく。ボブマーリーのピンクの服、美しい発芽を続ける子供たち、