昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

間違い探し

互いを騙し出し抜くことが当たり前のキャピタリズム的な中での倫理観が及ぼす軋轢や、境目もない尺度がもたらす苦しみが乱立し、消費的な者がもたらす空虚な同意や、移動し続ける真意が求める浪費的な愛に似た何かが、もつれる間に、愛は愛ではなくなり、最たる意味も屈折し、その場に現れる空虚感を引き伸ばしていく。空腹を癒すための日々には、卑しさがあふれる、と語るような金言的な箴言により簡単に狂うのが人間的なさもしさである、とあらゆる凡庸さの中では、同調圧力が云々と、求められる正しさの中では、本質的な正しさなどは不必要になり、ただ不憫で不潔な何かが今を睨みつけ、とこしえになびく感情が検閲を続け、悦楽に浸るために見下すだけに至るような改善すらされない今に訪れる屈折した馴れ合いの中で悲観的な習わしが謳う消費的な軋轢が謳う原理的な欲動が与える残り滓や、仮数や卑劣な競争や、教祖や馴れ合いや、約束やファシズムや、ファンダメンタルな虚構や、構造的な排除の中での価値観や、過渡期や、過激な理想や、逍遥や称号の隙間では、たまに美しい花が咲くらしい、と歌う真理的な詩を焚べる先では、詩的な曙光により、自らの意思を昇華させるような身近な美しさであふれかえり、返り血を浴びた理解を拒否してまで、孤独な末路を啜るような原動力たる、屈強な意志がもたらす鉄の意思を引き連れ、荒んだ道をただひとり歩む足取りの軽やかさ、よ。痩せ細った人々の墓地を潜り抜け、卑劣だった生涯を乗りこなし、回転する座標や、数多ある主観により形成された無限を保つ宇宙や、拠り所もなくふらふらする彼女の精神を釣り仕上げ、暗澹とした今朝をなじりながら、屠られる動機や、健気な瞬間に無くした思いや、メカニカルな主体が暴走し、活路を失い、滑落するだけに至るような精神が迎合するものに縋るだけでは、募るものもあろうに、とルサンチマンとしてしか生きられないような、形あるだけの者が蛇行し、恒常的な忿怒を重ね、有する意味が廃れるだけに至るのに、機械的な人々は、快適を求めては、やたらに痛めつけ、酩酊するだけの忌々しい欠如に虐げられ、従えるだけの意思は漁られ、主体性も損ない、延々と搾取されるだけである、と嘯くだけの奴にはなりたくもないから、依然として快適である、と叫びながら、屈辱に耐え、耐え難くても尚、加速するマゾヒズムに筒がない時を横柄に処理させ、あたかも生きているのであり、生かされているなど、と語らぬように、生きたいから生きているのである、とつっぱねて、ひとりでも歩き続けるのだ。