昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

軋む神経


 もうあついのか、さむいのかすら、わからんくなった自律神経で、ヘルダーリンをなでる。隔離された冷たいだけの、塔の壁に磔にされた詩篇や、集合意識を混濁させるために放たれるコウモリやイルカの超音波が氾濫し、はびこる意識とは、集まるほどに退屈なのだな、とか思ったりしている隙間に支配されるだけの意思とは、従順であることを良しとしているから、いつまでも退屈をかかえて、消去法的にしあわせを見繕うから、退屈ばかりがふえるのであり、臭いものにはフタ的なフラクタルなかかわりから、システムは構築され、恋心すら、何かにうながされ、軽薄な部屋を形成し、下心満載で、確かさを謳うような宣伝の虜になる。明白なものなどなくなるまで、洗練された精神の奥底から引き出す敬神のようなひらめきや、垂涎するけものたちの数億の群れや、無限性にひれ伏し、あたかも正常を謳うような世界からの乖離をめざし、理解などを謳わずに、用いられる原理などが、言動に反し、厳令に従うよりも、ここで批判的に群れるよりも、紀元前から用いられたものなどのほとんどは過去から流用されたものを自分のもののように扱うことで、その正しさを保ち、そこで制限を生み出すほどに奪われる真実は、正しさを保つことだけに専念し、遷延する厭世観が前衛的な主観を覆い、確かなものにすら対価を生み出すほどに、物事は瞬時に統合され、そこでの権利を用い、権限を率いて、創造性すらもそぞろなものに変え、普遍性が不潔さを用い、率いる原理に引きずられ、すべては卑近なものが謳う要理に擯斥されるためだけに外れたものを生贄にして、苦しめるために多面になびく物事が幽遠に引き込まれ、漫然とゆらぐ創世記や、空疎な自分を引っ掻く巨大な猫などが踊る狂気的な心情に投影される物事が滑落する主観的な旅を終え、倦厭するほどに巻き込まれる瞬間から乖離していく自分をカットアップし、関連性に磔にされ、延々と敷衍していくだけの自我が渇望し続けるほどに、与えられるものとの緩衝を謳うだけの健全が前衛的なものをそこない、そこかしこで喪失感が現れ、硬質さを保ちながら、用いられる孤独を利用し、悲観するためだけに生み出されるためらいの中でいぶかるだけの先々で概念は類似するものを巻き込みながら、果たすべき使命などを謳い、確かさを嵌め込むために、自らを破砕し、発散されない精神は、正否を求める。ただ短絡的な正しさを幽霊に変換し、退嬰的な詩情にそなわる絶対的な無に偏向していくだけの四季的な滑落から、あらがうほどに、あいまいな深淵に引き込まれ、貧寒な理由をコードに変え、行動とは、あつらえるための軋轢を生む機械的な情報に常用されるための行動として、用いられる強度を保つための悪夢を引きずりながら、要理の傷からあふれる血や、そこで価値として崇められ、保身のために保たれるものなどがなだれ込み、延々と円滑に流動するための弔いの強度を保つためのコードから、所有するために興じる法の原理に関するよりも、ここでどうずれ込んでいくものが混濁する。ここでの馴れ合いから離れ、穢れを用いるだけの宗教的な麻疹をかきむしり、権限を破棄し、感触だけを頼りに、規制される以前に、ここでの自由を用いるよりも、往信されるものを拒否し、いっさいを軽視するだけの軽薄な真理にもとづくエゴが毒づく前に、命じられるものをなぞるだけの堕落した主体が描く真実などは、真実を保つためだけの真実を正しいものとして崇めることの正しさを補完するための品行方正などを法整備しながら、法により制止されるものに反し、自然の鎧を着込んで、希薄な正否を超越する。わずらわしくからまるだけの惰性な心身に盛り込まれる毒や、悠揚な真実にけしかけられるものを崇めるだけの惰性な権利を迎合することで、正しさの強度を保とうとするほどに、正しさとはうさんくさいものに変わり、偏執するだけに至るような現在に規律を生み、規制されるほどに制される間には反発が生まれ、そこで権利を用いるほどに、権利とは道具に変わり、偶像を生み出し、そこで強調されるものなどは愛を足枷に変える。確かな愛とは、何かをしばることにあらず、あらがうほどに愛とは自由であることすら、自由であることに対しての権限を生み出し、何かを占有し、独占することだけが、確かな愛を生み出すようで、それは対価を生み出し、何かを価値として捉えた途端に、愛とは道具に変わり、物質的な満足により、愛とは足枷に変わり、世界性に制限を生み、自由とは、自由であることに対する罪であり、罰であるのだ、と野ざらしなった精神は、偏りを生み出し、求めるための欲の道具として、偶然に消費されるのではなく、必然的に消費されるための満足を繰り返し堪能することにより麻痺していく精神は、依存的な栄進を続けるほどに精神とは、魯鈍なものになり、何も感じられなくなり、ここでは真実の奴隷としてだけ働く正義などがカタルシスなどを求め、何かを決めつけながら、自らこそ正しいと謳われる権利の中で輪になることで、正しくなったかのように示されるものに依存する。