昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

可視化

一瞬の快楽よりも、永続するような愛。または、価値を超えたあたりに散らばる意識的な芳しい香りが甘美に輝く今を堪能したい。同調圧力がせまる幻夜、扉をたたく虚偽のひと、あらがうほどに加速する宇宙の先っぽをさわる麗しい手の温もり、憎しみを売り込む媒体から、乾いた余韻にむしばまれる動機が、ドラスティックにわめき散らし、複雑化したフラストレーションが、この国を健気に終わりしても、継続されるのが、この命である。あらゆる疎外感をソテーする料理人がふるまう最後の食事、倦怠感を加工する君の定額化した割合や、躍動する約束なんか疎ましいから、君みたいに機械になって歩くのは嫌いだから、惰性に吐き出される言葉に恍惚になり、売り買いされる身体に孕んだ懶惰な過失から、正義は陰惨な結末に巻き込まれる。極悪な蝶が羽ばたき、君も老いたら、よぼよぼになるか、ふくらむかしかないのに、否定や批判ばかりしてうるさいし、猜疑心にさえぎられて、苛むだけの余韻に結末は吸い込まれ、無限に生成される道理によって遅延していく動機は軋む。孤独にむしばまれていく世紀。誕生した途端に名前に縛られて、沼に嵌る子供たち。がんじからめな衝動は行き場をなくして、孕む思いが、つぎはぎだらけの子を産むというサイクル。背景では、正しくあることという考えだけに支配され、そこから、はみ出ないようにとしつけられ、規制や規律に支配されているだけの氾濫により、たくましさを奪われた原理に操作され、認められるために溺れていく人々の藻屑。相思相愛なんてありえないし、遠い昔からの記憶によって、我々は行き場を失いながらも、さまようのだよと、その場だけの慰めなどはいらず、今を超克し、超越できずに、ちやほやされるために、やきもきする人たちの練習場。タナトスになびく悔悟などは、今には不必要で、不潔な世界であるならばと、自らの汚れを落とすために、誰かに非難の目を向け、無垢であるためにと、自らを汚すような情報的な権化たる語り口で、自らを騙すようでは、超越には至らずに、だましだましに今を生き、見過ごすほどに見透かす日々は見えにくいばかりで、価値観の違いを謳いながら、自らの価値に縛られているだけの観念ならば、いっそバラバラなままに進むのも摂理であるし、セオリー通りに進む意味などは、そのセオリーにさえぎられるだけで、日々に裏切られ、そのままでは荒むばかりだから、堕落しても尚、鋭いその目は、先を見据えるよりも、その先を看取り、見繕うだけの今をなどを引き裂き、健気に飛び越える様子は、ぼろぼろだけど素敵である。