昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

誰にも終わらせずに続ける意志


 他者を介した身体が利己的なものから分離し、あらゆる原理から乖離し、背反し続ける思いが収斂し、面影から瓦解し、果敢に挑むだけに経路も潰え、使い回しの者がのたうち回り謳うだけのロジカルなものから放たれ、優越感に浸るだけの現実や、現存するだけに憂鬱に支配され、掲揚されるだけの物事に肉薄するノイズから、周回遅れの起動から、均等な位置を謳うだけの言動から、間隔に損なうだけの意味から攪乱される今に瀰漫する能動的な悩乱から、修正されるだけの規模に慈愛をこぼし、やがて活路を失い、裁かれるだけの空虚な身体として、分裂していく先先に介在する自己などと対立する憧憬から、ドナーも居らず、妨げられるだけの身体が連呼する空虚さや、最たる意味を損ない、生じる由縁に憎しみや、苦みを帯び、応じる答えに呼吸すら苦しく、事柄にリアリズムが雲散霧消し、無垢な身体が思い出すあなたとのジレンマや、慢性的な影を帯び、おぼこい面影に加算される現用に損ないだけに揺れ動くジレンマから、時代的なものに制圧され、物事の物陰に隠れ、攪拌される思いは、今にいたるものの哀れに触れ、痛ましい身体が悠遠に開け、継続する事が、永遠性を用い、モチーフとされる事に祝福を授け、続く限りに陰らぬ思いは、寛容な今にエッセンスを残し、高揚する観念がバビロンを破壊するようなミサイルに変わるころには、誰もが、破壊者として、白々しく観念を破壊のために徐行させ、済世を謳う限りに恨み出す者が自由を謳い、ルサンチマンがアレルギーを誘い、じんましんを引き起こし、苛立つ身体が、加工される義務から、延延と恨み出す事にオカルティズムを生み出し、安易な支配は、加工されるだけの偽善的な義務感に依拠する事で、自らの満足を水替えし、水かさを増すだけに、慢性的な痛みが理論的なものに覆われ、拘泥する限りにこじれる後から、時系列にさまたげられ、連綿たるものが恨み節を携え、自らに描かれる本質に加算されるだけの外連味から連動する俗物性から、物欲の限りに尽くす宿命的なものが生命的なものを陰らせ、世界性を奪うだけに至るバイタルから、観点を損なうだけに従属し、兌換されるものに価値を規定するだけのものが描く真実とは、淘汰されるべきであるし、互いを決めつけるだけに明浄さは損なわれ、そこかしこで邪推するだけの者を生み出す仕組みから、システムはヒステリーを生み出し、そのヒストリーに終止符を打つだの、と執心を根ざすだけのルサンチマンから、理想はリロードされず、ただ謳われる希望の規模により、暴虐なものを生み出し、野ざらしにされた記憶は、新たなものを生み出すだのと、テクノロジーを利用し、自らの呪詛で、剣呑な示威から気後れするだけの輩を暴力的に支配するテクノロジーの反乱から、機械的なものが生み出す立体的な乱世から、淡淡と切り開く永遠性から、制度はふやけた事実にふざけたものを持ち込み、もじる後先から、陰湿なものが、韻律を誘い透徹し続ける精神に制限を持たせずに、超克し続ける先に超人を教えるニーチェと乱立する風景に対する分裂的な消耗品としての認識から、認可すべきナイトメアも、リストアップされるだけの季語を今に倒錯させ、詩的なリズムに変える限りにイズムとは、リズミカルな差異を用い、裁かれるだけの主観に実体も無く、時間から放たれ、放物線を描き、放射線に犯され、能動死を綴る意識は、諦観を謳うだけに暗い夜を越えられずに、その空白にせめぎ合う夜に要理を用い、持ち出される悩みに課せる痛みから、陪乗するだけの痛みから、暗鬱なものは、夜を乗り越えられずに、朝を迎えても、動かぬ身体に、止まる事こそ、この場を用いるだけに憂鬱なものが痛点を探り、まさぐる鈍麻な感情が、離人的に消費していくだけの価値に還元されるだけの源を探ったとしても、そこに反復されるだけの痛みが、差異を用いずに、用いられる原理に要するだけの理想論的恐喝から、観点は、快晴を見つけ出せず、打算されるだけのものが、度外視を謳うだけに採算合わせよう、ともくろむ限りに用途は、限られたものに惰性な欠如を謳い、結実期を迎え、収納されるだけの原理から乖離し、理解が深まり、加算されるだけの要理から、利用されずに、誰にも影響を与えぬから、この思いとは、何事にも左右されずに、作用を求めるだけに、止めどなく苦しむだけの心身から、乖離しても尚、理解とはおざなりなものしか運ばず、背反し続ける限りにつまらぬものに支配されずに、何かを信用する必要すらも不潔なものに思い、そもそも、枢要なものなどどこにも無く、自らを信ずる先に認可すべき事柄だけが、今に打算されるだけの悲劇をかき消し、卑屈で卑賤なものが支配するだけの価値観を持ち込まれる概念のコアを砕き、あらゆる空虚な空域でニヒリズムに陥らずに昇華する事を教え、創造だけが、昇華に至るものであり、その場でしぼむだけの花になるな、と告げる先にあらゆる苦しみなどは、創造的に乗り越えるだけに、残りものをすなどるだけの貪婪な餓鬼どもから離れ、何も見ずに聞かずに指図されぬ先に定理すらも要らないのだ、と超主意主義的に描く角度から、確保されぬ精神は、自由すらも謳わずに、ただ広がり続ける意思が我利を用いる以前に備わるプリミティブなままで続けるつたなさこそをが、ただ純粋無垢で、綺麗なものだ、と。