サイバー攻撃により、毎日が日曜日に変わって、積乱雲を食べるカバの群れが懐かしむ夏の日、ロストジェネレーションが云々と、自分が駄目なのは、社会や誰かの責任であると、うなだれている君が抑圧され、屈折してしまうまでの距離や、理解をも超越する愛により、またまた屈折してしまうんだから、救いようもないよねと、不具合を抱えた猫や、カタルシスに至るために、文明の力に縋り付いたり、つたない大人の影響を受け継いだ、システマチックな子供たち、公園では、放射線により、溶けた感情が、ドラマチックだねと、語り合う高校生のカップルや、意思を漁る猿の王や、不確かなものを信仰する事により、不安を滅する君の仮説や、懐疑的な戦乱の渦に巻き込まれ、手懐けられた意思が、互いをグルーミングしている間に、卑劣な支配が進み、今に踏み台にされ、些細な出来事を粉末にしたり、何でもデジタル化が進むのだのと、嘆く老人たちの近くには、愛すべき海も無いのかと、ヘミングウェイが飲むダイリキの表面を泳ぐ羽虫の顛末や、パウチされた数々の虚像や、虚栄や虚飾だらけの最中、本質などのどれもが、何かの奴隷としてしか、生きられないような退屈な世界を打ち砕くために、出鱈目に生きて、怠惰なままに、絶え間ない日々から、時間を削ぎ落として、考え付くものから解き放たれ、体制に媚びへつらうよりも、唾を吐き捨て、背後に迫る自分自身すらも投げ飛ばし、閉ざされたままでも、こうやって、強靭で、ままならぬ情感を昇華させるために、絶えず今を書き直し、書き換え、コピーペーストはしないで、痺れた大脳が描く本質と、宦官として生きる事しか出来ないような、生きた屍のような輩に、統治されたり、支配されたりしたくはないから、思想なんて捨て去って、自らの意思で出鱈目な踊りを、踊り続けるのである。