破壊と再生の隙間で、微笑をこぼす女神の横顔、壮年を叩き割るような雷、悲劇的な奴らが加工した品位を超越して、厭世観などに騙されずに、打算的な君らの価値にそぐうもののほとんどが、偶像や偶然であるし、あらがうほどに現れる多数決による正義が、次なるターゲットを見つめては、嬉々として攻撃する様や、際限ばかりを生み出しては、大差ないものを、あたかも、差があるように見せつけるような奴らが示す答えなんかにより、偏りが生まれ、ことごとくの魂胆が、更なる悲劇を次々に生み出してゆく間に、行き過ぎる思い出が、散漫に世界を漁りながら、長らくの憤懣を吐き出す文明的な退路や回路、犠牲的に繁栄してゆく物事の、恍惚とした様子や、行政的な抑圧や、よくある出来事として、事務処理されてゆくだけの結末に、前後左右すらなく、空中を彷徨い、今に酔いしれては、抵抗すらせずに、今に食い込んでゆくだけの、空疎な抵抗を加え、整合性もなく、今に豊かさも潰え、枯渇するエネルギーや、原型もなくなり、混沌としてゆく私や、猥雑な感性や、くたばるだけの毎日、即座に敷衍してゆく物事の、相互互換性や、生じる所以や、有する価値や、退屈な意味や、組み込まれてゆく罪、構築されてゆくものを、ぼんやりと眺めては、すべての行末に訪れる終わりや、満ち満ちた汚穢や、応じるほどに蝕まれるものの痕、あらゆる犠牲を孕んだ移ろい続けるだけの思いも、ぼんやりとしたものを追いかけては、かけがえのないものをねつ造したり、増幅する憎しみにより、遠ざかってゆく思いの波動、振動する領域が孕む愛のようなもの、絶やさずに運ばれて来る面影のようなものを放棄し、あらゆる肯定を払いのけ、ただただ、屈折してゆくだけの法則に巻き込まれてしまった君たちの末路、悪路を進むたどたどしい一生の窮屈な原理、度重なるエゴ、傲岸不遜な終末論により、遁走した私の溌剌とした思いの端数、煩わしい答えによる倒錯、入り組んだ情報、不確実な制度により追い込み、生きる事なんてものに戸惑いながらも、生きながらえてゆく事により現れる綻び。