昇華

時間を超える意志的な憐れや戯れ

似合わぬ価値を着込んだ夜


 限りある時折に制度は不必要であるし、そこで付着するための論理などで接着された意味などに設置される正しさなどに支配される暇も無ければ、そこでもてあそばれるだけの精神が正否を求め、成因をひるがえすべく、夜にあらがうひらめきや、背徳が銀河をも包んで、つつましいほどにうとましいのが、意識的な壁であるし、そこでもがくほどに、統治されるだけの現在におとずれる意識とは、おぞましいほどに何かを虐げるような偏りであるし、偏執し、偏向し続ける意識は、平衡などを求め、何かを支配すべく抑圧し、限りあるものすら奪い、すこしの猶予を与え、従わせるべく、出来合の真実を並べながら、おちいる先に現れるのは偶像崇拝を続けるだけの意識的な卑近さや、悲観するほどに貧寒なものにおちいり、偏りを示す値から、価値とは限りあるものすら無限性のように扱いながら、恒久的に締め上げる先々で投影されるものがまやかしであることにすら気付かずに現れる今に行き先を求めるほどに、居場所などを求めもがくような者に駆除され、駆逐されても尚、末代まで呪われるような宛先へと送り込まれる憎悪に巻き込まれ、意識的な混濁に叢生するものに覆われ、身動きもとられずに見失う先に現れる苦しみの虜になる。機械的な夜が映し出す偶像が打ち出す偶然などに左右されるのが生きてることなどと原理的な主義を放つだけの体たらくな本質などになじられる後先に詰まる思いは、平静を装いながら、自らの儀式の中で裁かれる罪を作り上げるための互いのとがめから、宗教的な還元こそが、姑息な価値を送り出すのであることを知らずに、しばられる後先に罪などは、意識的な敷居を作り出し、そこで品位をうながし、貧寒な者が悲観させるための嗚咽を反響させ、自らの価値で仮死化し続ける自らを傍観しながら、しなびた意識に品定めを繰り返すだけの貪婪な被害者意識を加速させるほどに、今に足止めをくらい、自らを昇華させるような創造性に至らずに幻想を生きる。生きるとは巣くわれることを傍観するようなものだ、などとうながす諦観の犬が胃腔でかき鳴らすギターのディストーションの音で飛び起き、こき使われるほどに麻痺していく精神は、生命に原理を見出せずに、惰性にみちびかれ、時代に責任転嫁し、精悍な意志すら用いずに、何かを羨み恨むことだけが、今を解放に導くのだ、と見くびる先に仮想現実で原質を損ない、情報の中で萎靡沈滞するだけの意識が戦争を続け、そこで怯えるだけの価値をカタストロフに追いやるだけの思想などが放つ常套句から、常用するほどに依存していく君が弊害を生み出し、疲憊した精神が夜をさまよう。凡庸な愛が権利を求め、用いられる価値の中で邪推している君の傲岸不遜な面影に孤立しているだけの成否が政治的なアイロニカルをぶつけ合い、緩衝もできずに、互いを傷つけ合うことでジレンマとは麻痺し、今に重なる苦痛も麻痺するらしい、と虐げられるだけの精神は、敬神に至り、軽視しては、妨げられるだけの現在に変装を続け、何かをごまかすだけで逃げることを知らないから、苦しむままに屠られる今を傍観し、乖離していく意識はシステムの中で懐疑することすら忘れ、現れる苦しみを惰性にむさぼるほどに満たされぬ思いは、満たされるためだけの争いを続ける。欲望が罪なのでは無く、そこで罪として名付けられ、現れるものを恨むべきである、と正義がうながす限りに罪とは罪としての役目を果たすべく、悪のいっさいを背負うことが罪としての現れである。あらゆる罪とは、そのようにしてしか生まれぬのであり、生まれたことに役目を与えるための義務こそが空疎なものであり、クソ以下のものであるのにも関わらず、信じている先に救われるなどと何かを報うだけの家畜どもが雑務に果て、自らの鬼畜さを隠すための正義を着込んで夜に浸透する闇から抜け出すべく、黒いものを本能的にとがめる辺りから、夜を恐れるのでは無く、暗闇を恐れることから、黒いものに対する恐れが生まれただけに満たない有史以来語られる正しさなどは、本能的な恐れを今に引きずり、法で加工しただけに満たないし、何かの権利を用いるほどに、自らに作用する力のためだけに扱われる法のために、法を保ち、守るのだ、という幻想から戦争は加速し、今に枷を嵌めるための言葉を引用し、自らの正しさを横柄に語るような馬鹿どもの理屈たるアカデミズムの幻想こそを駆逐すべく、すべての権力とは自らに帰還し、関するほどに飢渇させるだけのものなどは破棄すべきであるし、やがてそこで滑落するだけの命などは、加算されるわけでも換算されるわけにもいかず、ここで現れるものに拘束されるわけも無ければ、そこで合算されるほどに、同じような価値をまとい、自らを横柄なものに書き換え書き直すための神や法を利用し、扱いにくいものを屠るためだけに絶えず捏造され続ける意味が今を羽交い締めにする。